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もうとっくに梅雨が過ぎてもいい時期にもかかわらず いつまでもずうずうしく居座り続ける梅雨前線のせいでムシムシジメジメしている今日この頃 期末試験も終わり我が高校における高校生活最大のビックイベント「修学旅行」の季節がやってきた 「ついにやってきたわ修学旅行が!行き先はハワイかしら?それともロンドン?もしかしてイタリアとか!?」 俺はというと今日も今日とてこのなにか修学旅行を勘違いしている団長様に振り回される日々 「んなわけねーだろだいたいなんでうちみたいなしょぼい高校が修学旅行で海外なんて行けるんだ} 「涼宮さん先ほど僕たちの学年全員を集めて修学旅行の説明があったのをご存知ありませんでしたか?」 どうしてこの蒸し暑いのにこの爽やか男はここまで爽やかでいられるのか やつの爽やかさの源はなんなのであろうか1980円以内ならばぜひとも買い求めてみたいものだ 「説明?あーなんかそんなもんあったわねでも特におもしろそうな話はなかったわ」 ちがう面白そうな話も何もこの団長様は頭の中は100パーセント以上 むしろ他人の脳みそに侵略してまでも修学旅行をいかに楽しむかという考えで満たしていただけだ 「で、古泉君修学旅行の先は結局どこなわけ?」 「北海道ですよ」 「北海道ですよ」 そうわが高校の修学旅行の行き先は北海道なわけである ちなみに朝比奈さんは学年が違うため今回の修学旅行にはもちろん参加できないがそれが非常に残念である 「北海道ねぇ~まぁこの際行き先なんてどうでもいいわ。それよりも私たちSOS団の名前をどれだけ北海道の広大な土地中に知らしめるかよ!」 またまた修学旅行も俺にとっては大変なものになりそうである 「そうねぇ~北海道といえば何かしら?ちょっとキョンなんかないの?」 あいかわらずむちゃな振りをしてくる団長様だ もしもこの団長様がバラエティー番組の司会なんてしたものなら芸人たちはつぶれてしまうだろうに 「そりゃ北海道といえば、ラーメンとか新鮮な魚介類とかじゃないのか?」 「あんた食べることしか考えてないわけ?やっぱキョンなんかに聞いたのが間違っていたわ。古泉君はどう?」 「僕の場合も基本的にキョン君と一緒なんですがそうですねぇ。しいて言えば熊とかですかね」 「それよ古泉君!キョン北海道で熊を退治してらっしゃい!」 こんな調子で修学旅行の前日となってしまった 結局のところハルヒは何を考えているのか明かすことはなかった まぁいつものことか なんだかんだいってもやはり修学旅行は楽しみである 情けないことにあまり寝れずにあさを迎えるハメになってしまった 寝不足の重いまぶたをこすりながらも期待に胸躍らせながら空港へ 「平和に3日間過ごしたい」 これが俺の本音であるがもちろんその件に関してはまったく期待はしていない 「逃げずにまってなさいよ!修学旅行!」 朝からわけのわからぬことを叫んでいる団長様を空港にて発見 俺がもし修学旅行という物体ならばできるものならハルヒから逃げてみたいものだ 「キョン眠そうねぇ?もしかして修学旅行だからってワクワクして眠れなかったとか?」 朝からなかなか痛いポイントをつかれる にしてもなんでこいつはこんなにいつも元気なんだろうな まぁ今に始まったことでもないしな そこで俺はあることに気がついた 「ハルヒよなんなんだその荷物の量は?」 「秘密よひ!み!つ!」 ますます先が思いやられる 「とりあえず荷物が多いの」 そんなことは見ればわかる 「だがら荷物が多いって言ってるでしょ」 はいはい俺が持てばいいんだろ鞄を これまた情けないことに下僕体質というかなんというかすっかりハルヒに振り回されることになれてしまったのか 「ねぇキョン?実際に飛行機が墜落したらジェットコースターみたいで楽しそうじゃない?」 あまりにも不謹慎すぎる発言だ!しかもこいつの例の能力でそれが具現化してしまったらどうしてくれるんだ! 「おはようございます涼宮さん。キョン君も朝からご苦労様です」 眠気眼にこの笑顔はまぶしいな相変わらず 「そろそろ搭乗時間ですので移動をしたほうがいいかと」 古泉の後をついて行き飛行機の中へ ハルヒよ墜落したいなんて思ってないだろうな! なんとか飛行機も落ちることなく俺の命も落とすことなく空港に無事ついた 「SOS団もついに北海道進出よ!」 飛行機から降りても元気な団長さんであった その後バスに乗り込み北海道をぐるぐるとまわった その際にハルヒにいろんなことをさせられたのは今思い出してもおぞましいことばかりなのであえて伏せておきたい 乗馬体験中に俺の乗っている馬の尻をハルヒが叩いたりなんて悲惨なもんだった俺は決してジョッキーではない なんとか一日目の日程を消化しホテルへ向かうバスの中 朝からあれだけパワフルだった団長様はというと今俺のよこでかわいく寝息をたてて寝ていらっしゃる こうしてみていると抱きしめたくなるほどかわいいな・・・いかんいかん俺は何を考えているんだ相手はあのハルヒだぞ!? ハルヒの意外な一面を見て何か違和感のようなものを感じつつもバスはホテルに到着した あのときの違和感がじつはあんな感情につながったとはな 「おいハルヒ着いたぞ起きろ」 「んぅ~なによもう朝?」 「ホテルに着いたんだよ」 寝ぼけた団長様もなかなかかわいいなっておい何考えてるんだ俺! そんな突っ込みを入れつつもハルヒをつれてホテルへ 「じゃあこの後8時から入浴でその後~」 教師の長ぁ~い説明が終わりとりあえず今は自由時間だ どの修学旅行でも思うがなんでしおりに書いてあることをわざわざ教師たちは読み上げるんだろうな 自由時間こそ修学旅行最大の楽しみでもあるというのに 朝からずっと行動をともにしてきたハルヒだが当然泊まる部屋は別である 俺の部屋はというと国木田と谷口の3人部屋である 女子の部屋のある階とはだいぶ離れているがまぁ当然であろう 部屋についてすこし落ち着いて一瞬いやな予感がしたと思ったらケータイが光りだした もちろん相手は「涼宮ハルヒ」 「ちょっとキョン今すぐきて!5秒以内!やっぱ3秒とりあえず早く着なさい!」 相変わらずのお呼び出しだが今回はなんかいつもと違ってあせっていたように思えたがまぁろくなことではないだろうと思いつつハルヒの部屋へ 「ゴキブリよゴキブリ!早く退治して!」 おいまてハルヒよなんでゴキブリが出たら俺を呼ぶんだ 第一北海道ってゴキブリいないはずじゃないのか 「で、どこに逃げたんだそのゴキブリは?」 「あっちのほうよ」 にしてもハルヒがゴキブリ嫌いだとは意外だったな そんなことを考えつつゴキブリを探すとあることに気がつく なんとハルヒが若干涙目で俺の腕にしがみついてる! バスの中であんなこと考えてたせいか結構これはダメージでかい しかも見慣れぬ部屋着姿だ 「きっとカーテンの裏よ」 そこで俺はカーテンをめくってみることに するとそこにはゴキブリではなくただ一枚オセロが黒いほうを上にして落ちているだけであった 「一体これはどういうことだハルヒ?」 「ごっ、ごめん。本当にゴキブリだと思って・・・。」 どうやら今回はハルヒが仕組んだわけではなく本当にゴキブリだと思ったようだ にしてもハルヒがこんなに素直なんて本当に怖かったんだろうな。 「いいよ俺もゴキブリは苦手だし実際に本物じゃなくて安心している。それにしてもなんでお前の部屋は誰もいないんだ?」 「先にお風呂に行ったのよ。あたしも行こうと思ってスーツケースをあけてたらゴキブリに気づいて」 それにしてもこいつに女子の友達なんかいたか? 「ねぇキョン!お詫びにジュースおごってあげるから少し外散歩しない?」 「こんな時間に抜け出すのか?先生たちにばれたら大変だぞ?」 「このあたしの誘いを断る気?そんなのばれなきゃいいのよ」 もういつものハルヒに戻っていた 俺も実際特にすることもないのでハルヒの言うとおり窓から外へ抜け出した 「いいわねぇ~北海道の夜って涼しくて」 ホテルの外は少し車の走っている程度の道が有るくらいだったが 車のヘッドライトの明かりに映されるハルヒの姿はとても輝いて見えた。本当にキレイだった 「なっ、何見てんのよ?」 ハルヒに見とれていたことをハルヒに気づかれてしまった 「いや、特になんでもない」 とっさにごまかしてみたがムリであろう 「怪しいわねぇ~・・」 ハルヒに見つめられていた次の瞬間ハルヒは俺のポケットから財布を抜き取り走り出した 「お、おい!」 「返してほしければ追いついてごらんなさい!」 まるでいたずらをした子供のようにハルヒは笑っていた って最初はそんな余裕をかましていたがハルヒの足は速かった 普通こんなとき全力疾走しても追いつけない速さで走るか? 「ハァハァ。 ちょ、まってくれ 」 「情けないわね~」 ハルヒの油断した瞬間に俺は財布に手を伸ばした するとハルヒはバランスを崩してしまい転倒 俺も引っ張られるように転んでしまった 俺はハルヒを守ろうとしたんだ。これは本当だぞ そう、ハルヒを守ろうとして右手でハルヒの頭を抱え込むようにして俺はハルヒの上に倒れこんだ まぁつまり抱きしめているような状態だ 「イテテテテ・・・。」 「イッタ~ちょっとキョ・・」 すぐにハルヒを離したが助けようとしたのは事実であるが結果としてハルヒに抱きついてしまった 蹴りでも喰らうと覚悟をした 覚悟をして目をつぶったが何もこない おそるおそる目を開いてみると ハルヒが頬を赤らめて座っているだけであった 「ご、gおあ、ごめん。そそんな下心とかはなかったんだぞ」 俺のいいわけもハルヒの耳には通っていないようだった 「ハルヒ?」 声をかけてようやくハルヒは気がついた 「なっなにしてくれたのよ」 その顔は怒っているというよりもむしろ照れているように俺には見えた 俺は立ち上がりハルヒに手を差し伸べた ハルヒは俺の手をとるが下を向いたままであった 「ねぇキョン?」 「なんだ?」 「あたしあの丘の方へ行ってみたい。」 ハルヒに手を引かれるまま俺たちはその丘のほうへ ふもとに看板があったがどうやらこの上には公園があるらしい 「暗いから足元気をつけろよ」 「大丈夫、こうやってキョンに掴まってるから」 なんとかケータイの明かりを足元に集め俺たちは公園を目指して歩いていった ふもとから見るのと違って実際に上ってみるとなかなかの距離があった その間俺とハルヒはさっきのことがあってかほとんど口を聞くことが出来なかった その空気を乗り越え山道を乗り越え俺たちはようやく頂上の公園にたどり着いた そこから見える景色は言葉では言い表せないほど美しかった 光り輝く街もさることながらやはり 「海 山 空」 北海道の自然の景色に勝るものはないだろうと思った 「きれー」 「あぁそうだな」 俺たちは景色に見入ってしまっていた 俺の左側に立っていたハルヒがだんだんと俺のほうへ近づいてくるのを感じた 「ねぇキョン。」 「なんだ?」 「私たちが出会ってからもうだいぶ経つね。」 「あぁそうだな。」 「最初ね、キョンに会ったときはまたつまらない男だなと思ってたんだ」 「俺も似たようなもんだ。最初にハルヒに会ったときはなんなんだこいつは?と思ったからな」 「でもね、今ならそんな最初に思ったことを取り消してもいいわ」 今ハルヒはなんと言った?もしかしてこのシュチュエーションでこの流れ。もしかしてもしかするのか!? そんな俺の自意識過剰もはなはだしいよな だがあのバスでハルヒの寝顔を見てからというもの俺の中で芽生えた感情はやはりハルヒに対する恋心だったのか? やけにドキドキする 「あぁ」 特に何もハルヒに言い返すことが出来なかった「あぁ」ってなんだよ「あぁ」って! 「それでねキョン・・」 ハルヒがまた一歩近づいてくる 俺の胸の高鳴りはピークをゆうに超えている ドキ・ドキ・ドキ ハルヒが近づいてくる ハルヒの匂いが感じ取れる 次の瞬間俺は目を閉じた そしてハルヒは・・・ パシャ! ?パシャ!って あろうことかハルヒは俺のキス顔をケータイで撮影していた! 死にたい!死ぬほど恥ずかしい!いっそ俺を殺してくれ 小悪魔のような笑顔でハルヒが微笑む 「べーッ!」 「ちょ、ハルヒ!」 「私の唇とキスなんてできると思ったの?」 死にたい死にたいお願いだ誰か俺を閉鎖空間に閉じ込めてくれ 俺はハルヒに対して怒る気力もなかった 「そ、そんな・・」 俺はうなだれたそれは恥ずかしさから来るのだろうかそれとも一方的な片思いに落胆したのだろうか 「ちょ、ちょっと最後まで人の話はききなさいよ勝手にうなだれてないで」 ハルヒが何か言っていたが聞こえなった 「あたしは別にキョンが嫌いとかそんなんじゃないのよ!」 ????????? 「ただ、」 またしても赤くなり下を向くハルヒ 「ただ?」 「ただ、お互いの気持ちも伝えてないのにっておもって・・・」 ハルヒよハルヒ本当にその言葉を信じてもいいのか?俺はもう次にさっきのようなことがあっても立ち直れるほどHPは残っていない 「ちょっとキョンきいてる?」 「あぁ」 「じゃあ言うからね。あたしはキョンが好き。キョンがいなければ毎日今のように楽しい生活なんてできてないと思ってる 今のあたしはきっとキョンなしではいられないと思うの。だからこんな女だけれども一緒にいてほしい。」 下を向きもっと赤くなるハルヒ かわいいかわいすぎえる!今すぐに抱きしめたい! 「お、俺もハルヒ、お前が好きだ。なんだかんだでハルヒに振り回されたりもしたが今はやっぱりハルヒといるのが一番楽しい 俺の気持ちも一緒だ。俺もハルヒと一緒にいたい」 そうして俺はハルヒを抱きしめた そして俺は少し屈み、ハルヒは背伸びをし唇を重ねた その光景を北海道の美しい光景が見守っていてくれた 終わり
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The Puzzlement of Haruhi Suzumiya ギラギラと首筋を照りつける日差しが、俺に今の季節が正真正銘夏である、ということを有無も言わさず感じさせていた――何ていった俺も思うが変な冒頭のくだりはさておき、新学年が始まって早々俺をのっぴきならない事態に追い込んだあの事件もどうにかこうにか終わりを迎え、何事もなく平穏にただ無事に済めばいいなぁなどといった俺の浅はかではありながらも切実な願いがあの何でもかんでも都合のいいことしか聞こえない耳に聞き入れられることはなく一学期は振り返ってみると駆け足で過ぎていき、季節は夏を迎えた。 梅雨前線がどうのこうのといった気象情報を俺は耳にしたが、俺たちの住む星は去年も思ったがやはり本格的に狂い始めたようで、この国に春と夏の間にある梅雨という季節を遂に到来させぬまま夏真っ盛りとなった――いや、語弊があるか。到来しなかったわけではないが、とでも言ったところか。 しかしそれがめったやたらと熱いのには――暑いの間違いではないぞ。もうそんな範疇じゃないってこった――、こちらも閉口以外にしようがない。 夏は人を長門にする。まさしくその通りだ。誰が言ったかなんて野暮なことは訊くな。 梅雨っていうのもこの国にはそれ特有の湿気がもれなく付いてきて蒸し暑いこの上なく、早く終わってくれぇ、何ていうさっきの発言からしてみれば180度相反した台詞が口から迸ることになるのだが、水の確保は重要なことであるという事実を俺は田舎のばあちゃん家に行ったとき身に沁みて実感しているためそれでも、梅雨の到来を待ち望むのさ。 だが、下手に長引きすぎるのも危険だってことも俺は漏れなく体験している。雨が降りすぎてしまったら、今度は俺のばあちゃん家の裏を心配しなくちゃいけなくなるのだから不思議なもんだよ、全く。 そこんとこの匙加減が器用に出来ていたら俺はこの星もまだまだ頑張ってくれているなと安心するのだが、それが不器用になって来ているのではないかと俺はこの頃懸念している訳なのである。 それでも俺はこの盛夏、既に短い生涯を全うしようと息巻く大量の蝉どものシュプレヒコールをBGMに、通い始めて一年を越えたこの急すぎる坂道をダラダラと汗を掻きながらただただ歩いていた。 偶にこういうことってないか? 何度も何度も通い歩き慣れた道のりを、気が付いたら無心で歩いていたことって。まるで動物の帰巣本能に似ているな。 ――まぁ、別に何も考えていなかったという訳では決してないのだが。 横で相変わらず無駄話を振ってくる谷口に俺は生返事をしながらも、今日家を出る前に耳に入ってきたとある言葉を思い返していたわけさ。 カメラの前ではまだどこか初々しさが残っているレポーターが、どっかの見慣れない町並みを風景にまさにその日の特集を喋り始めていた。 「今日の日付は七月七日です。そう、皆さんも御存知の……――」 と聞こえたぐらいで俺は家を出ていた。残念ながらこの学校に行くにはそれなりの早さに出なけりゃならなく、いつもその枠は最後まで見れないわけだ。 話が逸れたがもう分かってくれていると思う。 年に一度天の川を跨いで、織姫と彦星が出会える日。 そして個々が其々の願いを小さな短冊に込め、笹の葉に吊るす日。 今日は――あの七夕なのである。そしてあのと言うからには、かなり、そりゃもう特別な日なのである。 俺にとっては一年に一度、どっかの誰かさんのどこか憂鬱そうにしおらしくなった状態を眺められる日でもある。去年のこの日、俺はそいつに堂々と宣言されちまっているため、今日何をするであろうかのプランを大体把握していた。 そいつ、SOS団団長、涼宮ハルヒ曰く今から十六年後と二十五年後の未来にそれぞれ叶えて貰いたい望みを、去年と同じくベガとアルタイル宛に認めるということだ。 さてさて俺は、去年一年間をハルヒたちと共に過ごしてきて、あいつの秘められたトンデモパワーなるものを充分に見せつけられてしまっている。それも嫌というほどにな。 それは古泉が言うところの願望を実現させる力であり、長門が言うところの無意識の内の周辺環境の情報操作ということらしい。 つまり、短冊に何らかの願いごとを書くと、それが下手をすれば十六年後や二十五年後にあいつの力によって、叶ってしまう恐れがあるっていう訳だ。 そんな高校生が背負うには重すぎる事実を突きつけられてしまっては俺の筆も鈍ると言う訳で、何かこう穏便に済むような願いを俺は頭をフル回転して考えさせられる羽目になってしまうのだ。おまけにハルヒがそれを却下なんぞしようもんなら益々終わりが遠ざかって行ってしまうため、だったら事前に内容を考えておくほうがいいだろうということを俺は去年の教訓として身につけた。 大体だが、去年の十六年後(及び二十五年後もだが)の次の年に叶えてもらう願いって、難易度が高すぎやしないか? ついつい無難に無難にと考えてしまう俺を一体誰が攻められよう。 ――通い慣れた道というものは何らかの考えごとをしていても、勝手に足が辿ってくれるものだ。 学校に辿り着くまで、谷口は絶え間なく俺にとって無駄でしかない話を提供してくれていた。よくもまぁ、そんなしょうもない話を一人で続かせられるものだと思わず感心してしまう。実のところ二割もその中身を聞いちゃいないのだが、果たしてそれに気付いているのかも怪しいな。今度古泉と討論でもやらせたらいい勝負になるんじゃないか? どれだけ自分に酔って話せるか。 ――とは言っても結果は見え見えなため、最近また溜まってきてるんじゃないかと思うハルヒの退屈をこれっぽっちも紛らわせることはできないだろうが。 ギラギラと直射日光が首筋を照りつける窓際後方二番目のサウナ席で俺は悶絶しながら、これまた真夏の太陽並のハルヒの笑顔に圧倒されていた。 というか、なんだか俺の焦点があってない気がするぞ。ハルヒの顔の輪郭が揺らいで行く――いよいよ危険か。俺は自分の意識を理性の岸辺の杭に縄でぐるぐると括りつけておくことで俺は必死になっていた。結び方が甘かったらすぐにでも川に流されそうだ。 そんないかにも朦朧としているのが一目見たら分かるだろうに、ハルヒはSOS団専用特注スマイルを俺に向けながら、 「今日は何の日か分かってるわよね!」と、自信満々に訊いてきた。 あぁ、既視感フラッシュバック! 分かっているともハルヒよ。今日は、お前の誕生日でも、朝比奈さんのでも、長門のでも、ましてや古泉のでもない。そうだろう? 「当然よ。……あんた、ちょっとおかしい?」 少しでもそう思うんなら俺をそっとしておいてくれ。だがどうやら頭を使っている間は縄の結び目はほどけないようだった。 というか去年あんな体験をしていては、俺がこの日を忘れるなんてことは一生ないだろうよ。 「と・に・か・く! 部室で待っていなさい。あたしは笹を用意するからあんたは願いごとを用意するのよ。先に言っちゃうけど、ちゃんとあたしが認めるような願いごとを考えないとボツよ?」 俺だってそうそうアイデアマンじゃないんだぜ。 それに決めるのはお前の理論では彦星と織姫だと思うんだが。 「何言ってるの、二人とも毎年山のように願いごとが書かれた短冊を手にするのよ? 少しでも目につきやすいようにあたしが選りすぐってあげておくんじゃない。平凡過ぎたらつまらないじゃないの」 そうかい、そうかい、それは去年と同じじゃいかんってことか。 「そういや笹もまた裏山から盗んでくるのか?」 「……人聞き悪いじゃないの。でも別に良いじゃない、減るもんじゃないでしょ?」 それ以外どんな手があるのよ言ってみなさいよ、とでも言いたげな目でハルヒは俺を睨んだ。 あれは、私物の山っていう話なんだがな。しかも確かに一本減るわけだし。 まぁ、もとよりハルヒと睨みあいをして勝てるなんて思っちゃいないので、俺から先に逸らすことにした。ハルヒと真正面に視線をぶつけあって勝てるのは長門くらいのもんだろう。 「とにかく。ちゃんと考えておくんだからね!」 ハルヒの予言じみた台詞と去年の奇天烈な実体験が頭のなかで交錯して、俺の心のなかには真夏の雲ひとつない青空には全くと言っていいほど似つかわしくない、黒々とした暗雲が立ち込めてきていた。 ――まぁ、結果論から言ってしまうと、予想通りその真っ黒な雲は俺に大粒の雨を降らすのである。 それも梅雨顔負けのどしゃぶりのなか、超特大の嵐とともに―― まだ俺がその黒雲が超特大の積乱雲だということに全く気付いていなかった頃。 俺はらしくもなくハルヒとではなく黒板と睨めっこをしていた。良くも悪くも、期末試験の前の最後の足掻きというやつだ。我ながら哀れだな。 結果的に中間考査で赤点ラインすれすれを低空飛行してしまい、いろいろな方面から散々言われることとなった。両親と岡部教諭ならまぁまだ分かるが、あの脳内年がら年百快晴女に耳元で大音量の暴言を吐かれては、流石に俺も再起不能になるかと思ったぜ。 おっと、スレスレとギリギリはどっちが接触していないか、なんてことを随分と前にテレビでやっていたがどっちか知っているかい? スレスレは擦れてるからもう当たっちゃっているらしい。 つまり赤点ラインすれすれは――皆まで言わないのが日本人の美学、だよな? ちょっと気を抜けば舟を漕ぎそうな念仏のような授業をバックに、俺の頭のなかでは無意味に終わりそうなことを自覚している俺――現実的な悪魔――と、その現実から目を逸らそうと懸命に努力している俺――けなげすぎる天使――がせめぎあい不毛な抗争を繰り広げていた。 往々にして俺の場合は天使よりは悪魔が優勢となってしまう。自分がよく理解できていることは武器ともなるが、知りすぎているということは時として悲しいものだね。 結局今回も軍配はあっさりと自己を理解している俺――何事も諦めの精神で立ち向かっている悪魔――に下ったってわけさ。 今にも切れそうな集中力をノートの片隅への落書きで保持していた右手のシャーペンを俺は放り出して、約十五ヶ月間近く俺の後ろに居座り続ける奴を振り返った。 SOS団内の偏差値を一人で下げ続けていると勧告してき、このままでは処罰も已む無しと宣告してきた我らが団長涼宮ハルヒは、机の上で少しおとなしくなった暖かい日差しに包まれて――熟睡していた。 しばし無言。 自分の目を疑いたくなるね、嘆息。試験の前の総まとめ的授業を寝て過ごすとは、どうやら本当に学校を舐めてかかっているようである。黒板で板書をしている教師のほうを俺は振り返ってみたが、注意しても無駄なことを熟知しているかの如く、また触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに完璧なまでな無視を決め込んでいるようだった。 それで良いのか、教師陣よ? 一応これでも俺は学校の教師というものにそれなりの敬意を抱いてはいる。俺たちの担任の岡部教諭だってそれなりに俺たちのために一生懸命やってくれてるじゃないか。 だがそんな俺のやはり限りある良心も、ハルヒのこれまた心地よさげな、涼やかな寝顔を観賞していると、起こしてやるのもこれまた蛇足な気がしてきたので教師を見習い放っておくことにした。大方、昨日七夕のことを考えすぎて興奮でもして睡眠不足になったんだろう。まるで遠足前夜の小学生みたいだな。 今お前が観ているその夢のなかに果たして俺、ジョン・スミスは登場しているのだろうか? もし現れていたら――などと考えていたら少し背中がこそばゆくなったような気がした。 睡魔が、襲ってきた――。 適当に掃除当番を済ませたあと――そういや班交代の掃除当番だから、思い返してみるとこれまたハルヒと一緒だったってわけか――俺の脚は自然と旧校舎のほうへと向かっていた。 あっという間に時間が過ぎたように感じるかもしれないが、まぁ何もなかったってだけさ。 ハルヒの奴を掃除場所で見かけることはなかったが――つまりサボりだ――何をしているであろうかは何となく想像できた。また裏山で無許可で笹と格闘しているんだろう。 思い返してみると、去年の俺の一年間はおよそ八、いや九割方がSOS団によって占められていたのだなと、俺は再認識し今日何度目かの嘆息をした。 まぁ、今となっては別に良かったと思う。俺はそういう風に思えるようになっていた自分に今更驚いてなんかいなかった。 知っている方もおられるだろうがこの学校は他校と同じくして、考査の一週間前からの部活動は原則停止である。県立だけあって学校も成績には口煩く言ってくる。 しかしそんななかでも俺の脚は文芸部室へと向かっている。それこそまるで動物の帰巣本能の如くにだ。つまりだ。涼宮ハルヒの脳内には年中無休という言葉しかなく、試験など何ぞやということらしい。ちょっとは俺のことも考えてくれよ、なぁ。 部室の前に着いた俺は自分の腕時計を確かめたあと、部室の扉をノックした。時間帯によってはまだ朝比奈さんが着替えている可能性もあるからな。それはそれで、健康な一般男児として観てみたくもあるのだが、そこは俺の純真なる理性が押し留めてくれていた。 多分、天使のほうの俺だろう。まぁ、その天使もいつ堕天使ルチフェルになるのか分からんのも一理あると言えるが。 「は~い」と篭った返事を聞いて、ドアをそのまま押し開ける。 「キョンくん、こんにちはぁ。すぐにお茶を入れますねぇ」 古泉のところに湯呑みを置いていた朝比奈さんは、返事をするとそのまま慣れた動きで俺のぶんの湯呑みにお茶を注ぎはじめた。何というか迅速な対応である。 まるでどこかの屋敷の専属メイドみたいだな――と思ったあとで、あぁハルヒかと俺は自分で突っ込みを入れた。 既に部室内にはハルヒを除いた主要メンバーが揃っていて、俺は机の上でまたなにやらボードゲームをやっている古泉の対面に腰を下ろした。 「どうぞ~」 そう言って俺の目の前に置かれた湯呑みからは、淹れ立ての白い湯気が上がっていた。 「ありがとうございます」 そういや、誰も冷茶にしてくれ何て言わないのかね。こうも毎日暑いと、扇風機だけしか冷房設備がないこの部屋では生き抜けんと思うのだが。 朝比奈さんのお茶の温度が年柄年中変わらなかったことから――と言ってもそれは俺の体感であって、本人は細かく温度計を突っ込んで測っていたようだが――、ハルヒでさえ去年文句を言ったことはないようだ。 俺かい? 俺は別に言わないね。麗しき朝比奈さんのお茶が折角飲めるっていうのにいちゃもんを付けるなんて、百万光年早いね。――つくづく思うが百万光年って何だ? どういう意味で使ってるんだろうか。あとで長門にでも訊いておくか。確かあれは距離の単位だったはずだが。 「おいしいですよ」 「ありがとうございますぅ~」 どうやら待っているようだったので、俺は口に含んだあとで礼を言った。それは本心だ。朝比奈さんが淹れてくれるものは何でも美味いに決まっているはずさ。確かに例外もあるが。 「どうですか? あなたも一局」 古泉が駒を進める手を止めて、俺に訊いてきた。 「やめておく」 こうも暑いと俺の頭がうまく働かんだろうから、それを余計にオーバーヒートさせるようなことは避けたい。というかしたくない。 「まぁ、お前相手にボードゲームでオーバーヒートするようなことはないだろうがな」 「それはそれは耳が痛いお言葉」 そう言って、古泉はいつもの微笑フェイスのまま手を盤上に戻した。 「しかしながら、貴方のご期待に副うことはできかねます」 「どういうことだ?」 「……今日は何の日だかご存知ですね?」 質問に答えろ質問に! という俺の渾身の睨みは、無残にも古泉の微笑のポーカーフェイスとは不釣合いな鋭い射るような視線に跳ね返された。――瞳だけが笑っていないというのは少々不気味なんだがな。答えてやるか。 「あぁ分かっている。七夕だろう?」 「分かっているのなら結構です。でしたら――」 「何をするかも把握していますね、って言うつもりか? それも大体分かっているつもりさ。朝からずっとそれを考えっぱなしだ」 「流石、話の呑み込みが早くて助かります」 古泉はそれからパイプ椅子にもたれかかりながら手を組んで続けた。金属の軋む音がする。 「それにですが先程朝比奈さん、長門さん両名から話を伺ったところ、予てからの推理通り七月七日は涼宮さんにとって最も重要な日であり、必ず何か出来ごとが起こるようなんです。こういった情報は未来人がいてくれて助かります」 ちょっと待て、それはさらりと重大発言じゃないのか? 何だかネタバレ感がするのは俺だけか。 しかし、何でハルヒの野郎はそんなに七夕が好きなんだ? 願いが叶うっていうところがハルヒ的ポイントなんだろうと見た。――当の本人は何でも自分の願いが叶う可能性があるってのを知らないから、逆にあいつが健気に見えてくるな。やれやれ。 俺は、先程からパイプ椅子にちんまりと座ってこちらを見ている、メイド装束の未来人に確かめることにした。 「本当にそうなんですか、朝比奈さん」 「はい。未来から観測していて気付いたことなんですが、涼宮さんが生きた時間軸上の七月七日には必ず重要な出来ごとが起こることがあるんです」 朝比奈さんは俯きながらもすらすらとまるで予想していたかのように答えた。 そういや、時間関係で朝比奈さんがつっかえずに話しているっていう状況は、俺の記憶を軽くリサーチしてみても引っ掛かってこなかった。ん? 必ず起こることがあるんですってどういう意味だ。 「それよりあの……禁則、かかっていないんですか?」 「そうなんです。こういう未来に起こる出来ごとを事前にその時代の人に伝えることは、厳しく制限が掛かるはずなんですけど……」 朝比奈さんも、そうです不思議なんですといった顔をして首を傾いでいたが、古泉は何やら意味ありげな視線を俺に送ってきている。その目はまるで「あなたにはその理由が分かっていますよね」と俺に語りかけてきていた。 何だか癪に障るがまぁ、正解だ。多分朝比奈さん(大)が何らかの必要性を感じたのだろう。 「長門は、どうなんだ?」 俺はただいま読書中の宇宙人の有機端末にも訊ねることにした。すると、 「そう」 とだけを緩慢に顔を上げて答えた。それは肯定って意味だな? 「そう」 何という短さだ。すると長門は補足するようにして、 「今のわたしは未来のわたしと同期を行ってはいないが、朝比奈みくるの話と情報統合思念体の観測情報を照合した結果そのように考えられる、という仮説が判明した」 最初からそう言ってくれ。それだけ言うと長門は必要性を感じなくなってのか、また本の世界へと潜り込んで行った。つまり――。 「つまりこういうことです。この七月七日、本日七夕の日に何か事件が起こる可能性があるということです。そしてそれに僕自身はどうかは分かりませんが、あなたは確実に巻き込まれるということです」 古泉は最後の部分を嗤ってやや自嘲気味に言った。何だそれは皮肉か? しかも何故そうなる。 「くっくっ、貴方へのあてつけです。とにかく、貴方には身構えておいて貰いたいのです。よろしいですよね?」 何がよろしいですよね、だ。どこまで俺はアイツに振り回されなきゃならんのか。その上、俺が断る何ていう選択肢はもとより用意されていないんだろう、どうせ。俺はあいつの子守役になった覚えは全くないのだが。 「察しの通りで。しかし任命されたはずでは?」 面倒くさいときは無視、と。 「あとさっきから気になっていたんですが、その重要な出来ごとというのはもしかして……毎年起こって――あぁ面倒くさい――起こるんですか、朝比奈さん?」 朝比奈さんが身体を強張らせた。 ここんところは意外と重要だ。一応俺がどれだけ世話を焼かされるのかは事前に知っておきたいってもん―― 「それは、……禁則事項です」 一体何の冗談ですかそれは、朝比奈さん。それはある種の振りだとも考えられますよね? ここまで来て『禁則事項です♪』は、暗にこれからずっと何かが起こりますよって言っているようにも取れる上に、それこそ未来人勢力が誤魔化していると言うか毎年発生しないのかもしれなく、面倒くさいなぁ全く。 また朝比奈さんが申し訳なさそうな表情をした。 「あなたも困惑しているようですね。取りあえずですが、もし何かが起これば我々『機関』のできる範囲であなたを手助けすることにいたしますよ。但し時間移動が関わっていなければ、ですけれども」 古泉はさも可笑しそうに言う。 「お前……どれだけ根に持っているんだ」 「そう見えますか? だとしたら僕の演技にも更に磨きがかかってきた、ということでしょうか」 嘘吐け、目が笑っていないぞ、古泉。 お前、演技なんかしたくないって言ってたじゃねぇか。 「……やれやれ。もし時間移動するって場面になったら、お前も呼んでやるようにするよ」 朝比奈さんが困ったような表情をしたが、この際無理を言わせてもらうことにしよう。 「いいんですか? それは誠に光栄です。是非、お願いします」 いちいち動作が大袈裟だ。それにお前にお願いされたって嬉しくもなんともないんだがな。お前の魂胆なんて見え透いている、と確かにそのとき俺は普通に考えていた。 余談だが、俺は古泉の同行を朝比奈さんを通じて未来人に通せば、許可が下りるじゃないかと密かに自信を持っていた。全く持って何となくなんだが、多分俺が言い出すことは向こうにとって既定事項だったりするんだろう。 確かに踊らされている気分ではあるが、流石に自意識過剰すぎるかね? 「みんな、集まってる~!?」 不意にハルヒの声が静かだった部室に轟いた。相変わらずこいつは台風なんじゃないかと思うほどの威力とスピードでハルヒは扉を開けたあと、一瞬の内に団長席で笹を旗のように勢いよく突いていた。 御丁寧にも机の上には色とりどりの短冊がばらまかれてあった。いったいいつの間にだ。 「さぁ! みんなもう言わなくても分かってるわよね?」 とハルヒ団長は団員の表情を伺うよう覗き込み、 「だったらいいわ! 今すぐこの短冊に、みんなの願いを書きなさい!」と、言い放った。俺の顔のどこに恭順の意を読み取ったのかね。 まぁ、こいつの耳や目には反対の意思は映らないようだし、俺以外のSOS団団員が反対意見を言うこともないだろうから、ハルヒの感覚では満場一致ってとこなんだろう。 「あ、言っておくけど去年と同じじゃだめよ。分かってるわよね、キョン?」 何で俺だけ名指しなんだ? 他の奴らはどうなんだよ、ええ? 「去年の願いと合わせて、一番最初に叶った人が勝ちだからね!」 聞いちゃいねえ。 俺が一人不平不満を漏らしている間、既に俺を除いた恭順なる三人の団員は短冊になにやら書き込み始めていた。もしかして去年頃から考え始めていたりでもしたか? 「さぁ、どうでしょうねぇ」 古泉、お前もさっきからまともに答えやしない。そんなに俺を嫉んでどうするつもりだ。 「決して僻んでなどはいないつもりなんですが。……まぁ、あなたの立場にやや嫉妬していたりするのもまた事実でしょう」 やっぱり、お前の言うことだけはどうも分からんな。古泉は俺の反応に対して目だけで、なにやら意を表明していた。言っているだろう、お前だけのは分かりたくともなんともない。分かってもいいためしがない。 「ちょっとそこ! 願いごと、書けてるんでしょうね!」 なぁハルヒよ。さっきから感嘆符がやけに多いような気がするんだが。お前が半額サマーバーゲンを一人でやっているみたいだ。 「それより、お前は書けているんだろうな?」 「決まってるじゃない。あたしにはちゃんと夢ってものがあるのよ。あんたとは違ってね」 そういうとハルヒは席を立ちあがって外に吊るした笹に短冊を括りつけはじめた。 最後の一言が余計だ。 しかし――数十分後、やはりというべきか俺はまだ机の上で悶えていた。 俺以外のメンバーは早々と書きあげ、長門はいつもの定位置で読書、古泉は独りボードゲーム、朝比奈さんは真面目にもテスト勉強をして三者三様に暇を潰していた。そういや朝比奈さんにとっては一応、受験の年だな。 ふといつまで朝比奈さんはSOS団で活動できるのかというある種の不安が頭をよぎった。 ハルヒはというと、団長席でパソコンのモニター越しに俺に明らかな怪視線――怪光線はさすがに無理だろう――を不機嫌な顔をして送っていた。 「ちょっと、キョン。あんたまで出来上がってないの? もしかしてあんた、行事とか学期末の反省書くの苦手なタイプだったりして?」 「……なんで分かるんだよ。あぁ、そうさ。確かに俺は小学校の頃からあの面倒くさい質問を矢継ぎ早に投げかけてくる紙には何遍も困らされていた。偶に女子のを見て何でそんなに書けるのかって、何度も敬服した憶えがある」 「やっぱりね。あんなのはね、ちゃっちゃと適当なことを書いて済ましときゃいいのよ。誰も裏づけを取れないしね」 「そんなこと言いながらお前、俺の書いた短冊何枚却下したんだ?」 「仕方ないでしょ。手の抜き方にも適度ってものがあるわ。もちろん、手抜きは当然却下だけど」 「言ってることの辻褄が合ってないぞハルヒ。アホか」 「はぁ? 団長に向かってその言い方はないわ! ぜっったい、あたしが認める願いごとをひねり出しなさい!」 しまった、いらん火にいらん油を注いでしまった。ハルヒの瞳の奥の炎がよりメラメラと燃えあがるのを俺はまるで本物のように見つめながら少し考えこんでいた。今回ハルヒはあのメランコリー状態に落ち込んでいない。どうしてだ? 古泉曰くの、こいつの精神が安定してきたということの証なんだろうか。確かに、去年のハルヒは傍目から見ていてもテンションの上がり下がりが著しかったが。うーむ、確かに喜ぶべきことなのかもしれないが、やはり俺は静かなハルヒも助かると思う次第で、そんななかで先程の朝比奈さんの預言を思い出していた。 ――『涼宮さんが生きた時間軸上の七月七日には必ず重要な出来ごとが起こることがあるんです』―― 俺がさっきから考えを巡らしているのは、果たしてハルヒはそれに対してどんな表情を見せるのだろうかということだ。SOS団専用の超絶笑顔か、それとも入学当初の不機嫌モードのハルヒなのか。 もしくは、『あのとき』のような困惑した――。 いやいや。俺は頭を横に振った。 したくない想像ははなからしなかったらいいわけで、そんなことは頭のなかからきれいさっぱり消してしまったらいいのさ。 俺の持つペンは、右手のなかでぐるぐると回っていた。これくらい、俺の脳も回転してもらいたいものだ。 部屋からの眺めが少し赤みを帯び始めていた。 まだ少しハルヒの暴言を聞くはめになりそうだ、と俺はすでに九枚目の短冊を見つめながら思った。 ――そして俺は束の間の休息を味わっていた。 いやそのときの俺は束の間とは微塵にも考えてはいなかったのだが、結果から見ると確かに束の間ではあった。 未来人の預言を忘れていたのだから笑止万全だ。 そして、嵐の前の静けさが終わる―― 古泉の指す駒の音だけが部室内に響いていた。 その頃部室内の団員たちは、読書やボードゲーム、うたた寝、をしており、ハルヒ団長は窓の外を眺めながらおとなしくなっていた。 俺はというと、そのあと紆余曲折の末、無事二枚の俺の血と汗と涙の結晶の短冊を提出し終わって、三人娘を少しばかり目の保養としていた。良かったなハルヒ、空が晴れていて。 柔らかい夕焼け空のなか、こうして部室内の風景を眺めていると不思議にも心が落ち着く。俺にももうその答えはわかっていた。 つまり俺の居場所は既にここにあるってわけさ。一年と二ヶ月前から。 そしてそれは、そんな緊張感ゼロのなか起こった。 ふいに長門が目線を文字の羅列文から上げる。 コンコン。 まるで呼応するかのように続いて部室のドアをノックする音が響く。 そしてノックの音が充分に響き終わったとき、既に四人はそれぞれの臨戦態勢を取っていた。朝比奈さんは何やら膝の上で拳を握り締めており、古泉は駒の置く手を停めて目だけが微笑みゼロの顔で扉を注視していた。 ハルヒは突然の来客宣言に呼応するかのように団長席でどっかりと腕を組んでいる。 長門は分厚いハードカバーを膝の上に置いたままさっきの目線でやや目を見開いていた。 多分長門にはドアの向こうが見えているんだろう。それくらい長門は簡単にやってのけることを、俺は知っている。 俺はと言うと、特にすることもないためしたがってドアを注視していた。生憎と透視能力は俺にはないが。 部屋の空気が一気に引っ繰り返ったなか、ハルヒは「どうぞ」と扉の向こうにいるであろう人物に了承の返事をした。 それからはまるでスローモーションを見ているようだった。ノブがかちりと音を立てて回り、ゆっくりと扉が内側に開いていき――『そいつ』は俺らの眼前に現れた。振り返ると朝比奈さんは口を手で押さえ、古泉は目を見開き、長門も微量ながら目を大きくしている。 ゆっくり、悠々と『そいつ』は部室内に入って来ると全員の視線を浴びながら、確かな足取りで俺の前を素通りし団長席へと向かった。 そしてついさっきまでの泰然自若の面持ちがどこかへと消え去ってしまった涼宮ハルヒに片手を挙げて、こう言ったのだった。 「よう、久しぶりだなこの時代のハルヒ」 ハルヒの口と両目が呼応しながら徐々に開いていく。 「この俺が、」 そして――。 「……キョン?」 「ジョン・スミスだ」 少しかすれたハルヒの声に『そいつ』は一発目で手札を切った。 教室の空気を春に感じたものと同じ戦慄が走った。そして瞬間的に俺は悟った。このSOS団は瓦解するかもしれない、と。 誰であろう、未来の『自分自身』の手によって。 「うそ……」 ハルヒはまるで漫画のように目を見開き、口をポカーっと開けている。茫然自失の態だ。 古泉は鋭く射るような目を『そいつ』に送り、何故かは分からないがが長門は俯いている。朝比奈さんはわなわなと小刻みに肩を震わせていた。俺の頭のなかには去年からのSOS団でバカやってた記憶が早送りで駆け巡っていた。これがいわゆる走馬灯ってやつか? 俺は『こいつ』になに命の危機を感じてんだ、しっかりしろよ。 俺たち四人が衝撃に黙りこくっているなか、破滅を呼び起こすハルヒと『そいつ』のダイアログは進んで行った。 ――涼宮さんは非常識を望みながらも、とても常識的な考え方の持ち主なんです。 「え? ど、どういうこと?」 ハルヒには珍しく困惑した表情を浮かべている。俺はまるで金縛りにでもあったかのように手も足も声も出なかった。 「だから言っているだろう、俺の名はジョン・スミスだ。お前にとっての四年前、中学一年の今日七夕の日に校庭の線引きを手伝ったあのときの高校生さ」 「で、でも、どう見たってキョンじゃない……」 ハルヒは俺と『そいつ』の顔を見比べている。 「もしかして……そっくりさん?」 とことん、ハルヒは今の現実を受け入れられない様子だ。迷っているのか? 俺たちにとってそいつは明らかに未来からの闖入者だが、ハルヒはそんなことは知らないはずだ。 だったら一体何に驚いているんだ。 真実を言うと四年前からお前の周りは常軌を逸脱した出来ごと尽くしだったんだ。 そして同時に俺は『そいつ』、未来の自分に苛立ちを感じていた。何で、この時期、このタイミングに全てを壊そうとしているんだよ。俺は自分の想いをとっくの前から確信している。俺はこの唯一無二のSOS団が好きなんだ。それは未来の俺にとっても変わらないはずなんだ。変わらないでいてほしいんだ――。 なのに、どうしてだ。どうして知らないほうが幸せでいられる真実を明かそうとする。 まさか朝比奈さん(大)の引き金だっていうのか? こんなことが既定事項だって言うんですか? 「そっくりさん、か。残念ながらそれは違うぜ、ハルヒ。そこにいる奴は……」 それ以上言うな。それを言ってしまうと、もう戻れなくなる。 「過去の俺、つまりは同一人物、ってわけさ。言ってることが分かるか?」 くそったれ! 俺は拳を握り締めてその腕を振り上げようとした瞬間、 「俺とそこの間抜け顔は同じ人間。でもその同じ人間が一つの時間に二人もいるわけないよな? その答えはひとつ」 古泉が素早い動きで俺の手を抑え、目で制した。 眼光の迫力が桁違いだ。その迫力に、俺は自称メイドの裏の顔をまざまざと思い出した。 「つまり俺は、未来人なわけさ」 人差し指を立てて『そいつ』は言う。 「お願いします。ここは抑えてください」 古泉が机を越えて至近距離で囁いた。お前らのところの機関はもう動いているんだろうな? 「えっ……み、未来人? で、でもそういうことになるの……? え、ありえないわ……」 ハルヒは目に見えて困惑している。珍しくいつもは鋭い瞳が不安定に揺れ動き、言葉にも精彩を欠いている。意外と俺よりも頭のなかが常識で雁字搦めになっているようだ。でもある意味正しい反応だとも言える。 さっきからハルヒの視線が『ジョン・スミス』と笹から吊るした短冊の間を揺らいでいる。それに気付いた様子の古泉は目を見開いて驚きぶりを示した。お前も一体どうした、何に気付いたっていうんだ。 「……そうだな、ハルヒ。どうしても信じられないようなら証拠を見せてやる。ほら、これを見ろ」 服の内側から紙の束を『そいつ』は取り出した。まさか、新聞紙か。 「お前ならすぐにその意味が分かるはずさ」 ハルヒは差し出されたものを恐る恐る受け取った。一体どうなっているんだ、未来人は既定事項と禁則事項に縛られているんじゃなかったのか? 朝比奈さんももうどうにかなっちゃいそうな雰囲気だ。 半信半疑の様子で新聞紙に目を通したハルヒは、いつもより大きく目を見開いた。 「まさか……だってこれ、本当に……?」 「そう言うことだ、ハルヒ。その日付と年を見れば瞭然だろ? それが俺が未来からの来訪者だっていう証拠さ」 「つまり……あなた本当に未来人なのね?」 「だから言っているだろう? やれやれだな」 思わずお前がその口癖を使うな、ってシャウトしたくなった。いくらそいつが『未来の俺』なんだとしても、俺は絶対お前を俺自身だとは認めない覚悟だ。 俺は目線を動かすと、果たして今度は俺までもがハルヒに驚かされる破目になった。さっきと打って変わってハルヒの表情が見る見る輝きを増していき、今朝見た専用スマイルに猛スピードで近づいていく。何か楽しいことを見つけたときの涼宮ハルヒの表情。まさか――今の状況を受け入れ始めたって言うのか? 信じられない――がそれでも俺は去年の記憶を再び引き出した。 一学期の中頃、涼宮ハルヒは閉鎖空間のなかで歓喜を起こした。退屈したときとは全く違う別の理由で生み出された『閉鎖空間』。現実を拒絶し、もう一つの新しい世界を受け入れようとした俺だけが知るハルヒの表情と、今のハルヒのそれが酷似していることに俺は気付いた。 俺は虫の報せとでも呼ぶべき嫌な予感がした。そしてだが、やはりそれは当たるのである。古泉、朝比奈さん、長門がそれぞれ草野球のときと同じ、何かを感知した動作をする。 「本当なのね!! やったわ、遂に見つけたわよ未来人!!」 ハルヒは椅子を跳ね除け、そいつの顔を指差した。 「お前が見つけたんじゃなくて、俺から出てきたんだがな」 耳のうしろを掻きながらそいつが言った。 「どっちでも同じことよ! とにかくいっぱい訊かせてもらうわ! あたしについて来なさい、ジョン!!」 そして鞄を掴んだかと思うと、そいつの服の袖を握り締めて猛スピードで扉に向かった。 ――ジョン。そうあの世界で長髪のハルヒは俺をそう呼んだ。 「おいハルヒ!! お前……」 「今日はもう解散していいわ、キョン!! あたし急いでるから!!」 「おいおい、急ぎすぎじゃないのか?」 アイツは苦笑しながらもなされるがままになっている。 「いいのよ!!」 瞬間俺は見た。開け放たれた部室の扉から見えたこちらをちらりと振り返った奴の顔が、酷く醜く歪んだことを。 「お、おい、待て!!!」 だがそのとき既に二人の影はなかった。俺の声は無残にも旧校舎を反響しただけで終わり、静寂のなか俺は不恰好にも腰を浮かせ手を伸ばした状態で少しの間固まっていた。 その静寂を打ち切ったのは古泉だった。 「すいません、どうやら事態は急を要します。現在この地域一帯に規模の大きな閉鎖空間が複数乱立発生しています。これから、僕は機関のもとで神人退治に向かわなければなりません」 顔、声ともに稀に見る真剣さを帯びている。――確かにそれもそうか。お前は一般人ではあるが、確かに超能力者でもある。だが古泉よ。 俺は今すぐにでも鞄を掴み部室を出ようとした古泉を呼び止めた。俺はお前に確かめないといけないことがある。 「あのときのお前の言葉、憶えているだろうな?」 古泉、お前は一体どこに帰属するのか。これだけで俺の意思は伝わったはずだ。さっきから沈黙を保っている朝比奈さんと長門も古泉を直視している。 古泉は眉根をあげ、沈黙ののち口元に手をやりながら答えた。 「……そうでした。確かに……ええ、そのような大事な約束を失念していた自分を深く恥じます」 古泉の声は本当に侘びていた。 「思い出してくれたか。それで、お前の立場は一体どこにあるんだ? 機関の尖兵なのか、それともSOS団の副団長なのか?」 実のところ俺としてはシリアスに迫ったつもりだった。古泉はというとやや目を伏せて、 「そのようなことを確認されるとは。まだ僕は……貴方の絶対的な信頼を勝ち得てはいないのですね」と少し愁いを帯びた表情で絶対的を強調した。どうやら、軽率にものを言ってしまったらしい。だが心配するな、俺はお前に疑念を抱いてはいない。 そして再び顔を上げた古泉は、いつもの凛々しい決意の眼差しをしていた。 一度深呼吸をしたあと、 「自分は……このSOS団副団長、古泉一樹です!」 「あぁ……よく分かった!」 大丈夫だ。まだ、SOS団は崩壊しない。 自分の掌を見つめたあと、俺はそれを固く握りなおした。ここに古泉がいて、長門がいて、朝比奈さんがいる。そうさ、いつもSOS団は危機を手を合わせて越えて来たじゃないか。 俺がいる限り、ハルヒを必ず取り戻してやる。 だがそのときの俺は知らなかった。知りようもなかった。 部室を出たハルヒが走りながら、「ジョン……」と小さく漏らしていたことに。 窓の外の景色は闇一色になっていた。だからといって涼しくなるわけでもなく、俺は部屋のクーラーをつけて更なる熱気を外へと放出させていた。 約束の時刻まであと一時間。俺は素早く出れるように外出着のままベッドの上に寝転がり、携帯電話のサブディスプレイに点滅する時刻をずっと眺めていた。 ベッドの向かい側、普段さほど向かうこともない勉強机の上には何度も読み直した便箋が開かれたまま置いてある。俺が予想したとおりに、その手紙はスタンダードに下駄箱のなかに入っていた。 古泉と長門には家に着いてからすぐに連絡してある。流石に、朝比奈さんの前で伝えるのは許されていないからな。 それにしても依然、ハルヒとは連絡が取れない。――いや、それも当然のことか。 一時間ほど前にかかってきた古泉からの電話。 ――『申し訳ありません。時間がないので手短に伝えます。この世界から涼宮さん、そして先程のもう一人の貴方の存在が確認できなくなりました。これは情報統合思念体とも確認してあります。そして更にほぼ同時刻に、我々の侵入を拒否するほどの強大な閉鎖空間が一つ発生したのも確認しています。おそらくは両名はそのなかにいるのではないかというのが我々機関の見解です。去年のように貴方に協力を仰ぐ可能性もあります』 そのときの古泉の吐いた最後の溜息から全て言い終えたという雰囲気が言外に伝わってきた。珍しく早口で話してそのまま通話を切りそうだった古泉に、俺は便箋の内容を伝える。 ――『……分かりました。僕は貴方に自分はSOS団の副団長であると宣言しています。必ず時刻に間に合うように調整致します』 意識して事務口調で話しているのか、そのまま「では」と機械のように古泉は冷たく告げて電話が切れた。 ハルヒとは連絡が取れない。 当然だ。今この世界から消失してしまっているからな。 しかし――よりによって、どうしてあいつとなんだ? 古泉からの電話のあと、情報の確認と連絡のために去年末から急激にかける頻度の上がった電話番号に俺はコールした。 ――『…………』 相変わらず応答の返事をしない長門に俺は名乗ったあと、古泉の伝達があっているかを確かめた。何度も思うが、「もしもし」くらいは言うように勧めるか。 ――『違わない。涼宮ハルヒと貴方の異時間同位体は二十八分と十九秒前にこの時空間からその存在を認識できなくなった』 ――やはりそうなのか。つまり相当機関の決断が早かったってわけだ。 次に俺は、例の手紙の内容を、言い終わると兎に角沈黙しているアンドロイド少女に伝えた。 ――『……分かった。彼女がわたしの立会いを望んだことには何らかの意図があると考えられる。今から行けばいい?』 待て待てまだ集合時間は一時間後だと慌てて長門に伝えたあと、少し気まずいような沈黙が流れた。 何故だかは分からないがふとそのときの沈黙に、長門がまるで何かを俺に伝えようとして逡巡しているような感覚がした。そういや、帰り際も俺のほうを見て何か言いたそうにしていたような気がする。自意識過剰だろうか。 ――何か言いたいことがあるんなら遠慮しなくてもいいんだぜ、言っただろう? 俺は促してみたが、長門は小さく『いい』と言って、電話を切った。 ――一体どうしたんだ? しかしながら今思い返してみても、古泉の切羽詰った上に凍ったような声には心底肝が冷えた。バックグラウンドには何やら、オペレーターらしき声が飛びかっていた。やはりそれほど緊迫した状況だということだろう。 俺は何も知らない。何も知らされていない。 未来人、超能力者、宇宙人の三者三様の裏事情を。だがそれでも世界は俺に全ての荷を追わせようとしている。まるでそれが世界の意思だとでも言うように。何度も思い返すが、理不尽にも程があるだろう。 一度携帯を開いて閉じ、白く輝くデジタル時計を俺は再確認した。 23 30。 そろそろ出かけることにするか。いつもの、あの集合場所へ。 親に気付かれずに家を出るという荒業を俺は何とかこなし、自転車で向かった。 自転車をいつもの通り銀行の横に止め、道をこえて北口駅の北西口広場に着いた。丁度電車の出発する音が聴こえ、遠くにマホガニー色の車両が走って行くのが見えた。 既に広場には、そこだけは普段通りセーラー服の長門が佇んでいた。まるで何十分も前からそこにいたような雰囲気と一体感を醸し出している。しかし、同時に不釣合いで違和感のある情景にもなっていた。やはり今日ばかりは、いつものあの見慣れた風景とは何かが違っていた。 「よう、長門」 俺は少し明るい声を作って長門を呼んでみた。長門も俺に気付いたようで、無味乾燥ないつもの目を俺に向けてきている。俺は、やはりあいつがいないことが気になって仕方がない。 すると長門は、俺のあたりを探る視線を読んだかのように、 「古泉一樹はまだ現れていない。先程連絡があり、予定集合時刻には間に合わせると言っていた」 そうか、つまり閉鎖空間での仕事は全然かたが付いていないというわけだ。 いつも集合時間の前に余裕の表情で待っていて、柔和な微笑みを向けてくる古泉は俺のなかでいつのまにかデフォルトになっていたようで、それが少しでも異なっていることに俺は精神的不安を感じられずにはいられなかった。 深夜の駅前広場に佇む、私服の少年と制服の少女という組み合わせはさぞかし異様に映ることだろう。まぁ、そんなことはいちいち気にしていられないし、誰も見てはいないだろうから。 俺は長門にもう一人の人物の存在について訊ねた。 そちらもまたデフォルトに、下駄箱のなかに手紙を忍ばせて用件を伝えてきた人物。ここに我々を集めさせた張本人。 「朝比奈さん……はどうした?」 今の朝比奈さん(小)の数年後及びグラマラスバージョンの姿はまだ見えなかった。 俺が長門を見ていると、長門は少しだけ顔を傾かせ――一般感覚で言うと、ほんの僅かに――また言葉を紡ぎだした。 「貴方の言っている人物を朝比奈みくるの異時間同位体と認識した。彼女なら先程わたしの部屋のなかに現れて用件を伝えに来た」 そうなのか。しかし、長門が俺の考えを読んだとは少々驚きだ。 いや今の長門ならそれくらい出来そうだが、出会った当初の長門なら「どっちの」やらなんやら、言っていたであろう。 やっぱりこいつは徐々に人間に近づいている。些細なことからでも俺はそう感じた。 それで何て言ってきたんだ? 「……貴方に伝えていいと判断。朝比奈みくるは彼女が午前零時零分零秒から彼女のいうこの時間平面に留まっている間、彼女自身を防護していて欲しいと頼まれた」 防護って――攻撃から身を守ることだろう? 一体何があるっていうんだ。 「それは彼女自身からあとで伝えられる」 俺はたったそれだけで今がのっぴきならない事態であるということを理解した。長門に助けを求めるということは尋常な事態ではない。しかもあの朝比奈さんが直接長門に頼んでいる。 そのとき車が急ブレーキを掛ける音がして、広場の入り口あたりに真っ黒な車が一台停車した。俺がそのシルエットに何やら見覚えを感じていると、後ろのドアが開きいつもよりやけに真剣な表情をした、不釣合いな超能力を持つ同級生が降りてきた。 なるほど、運転手は新川さんか。古泉はなにやら開いた窓越しに新川さんと話したあと、車はどこかへと走り去っていき、古泉はこちらを振り向いて小走りで近づいてきた。 「遅くなってすみませんでした。少々手間取っていたもので」 古泉が弁解する。だが俺は古泉の表情と焦りようを見て、少々どころではないことをすぐさま理解した。 「何も言わなくていい」 「……ありがとうございます。……それで彼女は、朝比奈さんはもう来たんでしょうか」 「まだ来ていないみたいだ」 一陣の風が吹いた。生温いいやな風だ。空も黒々と分厚い雲に覆われている。せめてハルヒのためにも七夕の日には最後まで晴れていてもらいたいな。 そのあと黙ってその時刻が訪れるのを待つこと、数分。 「まもなく、七月八日午前零時零分零秒」 長門が時報のように短くアナウンスした瞬間、「皆さんお揃いのようですね」と、いつもの妖精の声が聞こえた。慌てて振り向いてみるとやはりというべきか朝比奈さん(大)が茂みのなかから現れてこちらへと近づいてきた。 「いつの間に……」 古泉が発すべき言葉を失っている。まるで、幽霊でも見たかのようだ。その現れ方に驚いているのだろうか。そういや、お前は本人を見るのは初めてだったな。 朝比奈さん(大)は古泉に軽くお辞儀をしたあと、俺に向かった。 「早速ですが、話に入らせてもらいます。……長門さんもいいですか?」 どうやら朝比奈さん(大)は急いでいる。それに呼応するかのように呼びかけられた長門もすぐ頷いて、 「了承した。この広場一帯に不可視遮音フィールド、同時に時空干渉防護シールドを発生させる」 そのまま長門は掌を空に向けて、見えない何かを触る仕草をした。俺は当然首を傾げたが、朝比奈さん(大)は充分だというように頷き、喋りだした。確かこの人は時空震が分かるのか。古泉もなにやら納得したものがあるみたいだ。 「今日、じゃなくてもう昨日ですね、貴方たちは未来のキョンくんを見ましたね?」 俺らは頷いた。 「実は今、貴方たちの時間から数年後の世界に、ある時点で我々の勢力と別の未来人の勢力が突然ですが武力衝突します。それは大規模な時空改変の衝突です。そこで向こうの勢力は涼宮さんの能力を使って改変を行おうとするんですが……なんでその時代の涼宮さんを使わなかったのかは禁則に当たるんですいません。とにかく、この時代の涼宮さんを利用することになるんです。そこで……長門さんはもう気付いているかもしれないけど……」 と言って一端区切り、長門のほうを見たあと、 「情報統合思念体と天蓋領域が未来のキョンくんに情報操作を行って、この時間に連れてきて彼を誘導して涼宮さんが情報爆発をするように仕向けたんです」 それに続いて長門も、「気付いていた。彼の異時間同位体を確認した時点で、両方の勢力の介入を認識している」と続けた。 そうかつまりあの俺は宇宙人の操り人形だってわけか。俺は彼の取った行動が俺自身の意のものじゃなかったことを知ってどこか安心した。 「そういうことになります。ともかく今も未来のその時点では攻撃が繰り返されています。わたしも、本当なら向こうにいるはずなんだけど、特別に貴方たちに伝言するように伝えられてやってきました」 朝比奈さんの声音がいつになく真剣である。それにしても未来人の攻撃って一体どういったものなんだろうか、などと考えていると少し思い出したことがあった。 「朝比奈さん」 「何でしょうか?」 「その正面衝突って……もしかして分岐点のことですか?」 古泉、朝比奈さん(大)がそれぞれ違う理由で驚きを示した。俺としても思い切って訊ねていた。 かつて朝比奈さんが俺に伝えてくれた分岐点の存在。それが何のことなのかはまったく以て不明なのだがひょっとしてこれのことなのではないかと俺はひらめいたのだ。 やはり告げてはいけないことなのか、朝比奈さん(大)が俯いて押し黙った。 少し蚊帳の外状態にあった古泉が割り込んできた。 「ちょっといいですか、その分岐点というのは?」 あとでいいだろう、そう言おうとした矢先何と答えたのは朝比奈さん(大)だった。 「わたしたちが涼宮さんに関連して最も重要だと考えている時間上のひとつの契機です。わたしたちは全てがそれに繋がるために規定事項をなぞっています。涼宮さんに関する時間上の不確定要素も」 「そう……そうだったのですか」 古泉が興味深げに頷く。お前に言ったことはなかったか? 「いえ、まったく以て初耳としか言いようがありません」と、肩を竦めて答える。 「そうか、そうだったか……。とにかく、朝比奈さん。その衝突が貴方たちの呼ぶ分岐点なんですか?」 朝比奈さん(大)は最後の逡巡を見せると言った。 「答えは……いいえです。まだ分岐点は先の話です。決してそう遠いわけではないのですが……」 その解答は俺が前に訊いたものと良く似たものだった。近いけど遠い。遠いけど近い。そういう類のニュアンスだ。 俺はせっかく答えてもらったもののどこか消化不良気味だったが、迷惑を掛けれないとも思い頷く素振りをした。禁則事項の規制の強さは朝比奈さん(小)とも変わらないということなのか。 俺が一歩下がると今度は古泉が手を挙げた。 「ちょっといいですか」 「……え、ええ」やや声が沈んでいるのはさっきの質問のせいか。 「貴方がやってきた未来では現在形で戦闘が行われているんですか?」 「え? そ、そうですけど」 朝比奈さん(大)が驚いたように答える。どういう意味だ、現在形って。アイエヌジーか? 懐かしいな。 古泉は口元を押さえ、いつもの考え込む仕草をとった。 「その戦闘は、……貴方たちの言う既定事項、というものだったんですか?」 すると朝比奈さん(大)が急に黙った。俺にも分かるくらいどうやら核心的なことを訊ねているようだ。 「あと彼らの目的は多分この世界――いえ時間軸と呼ばせてもらいましょう――の消滅及び改変でしょう。この世界では既に、涼宮さんが大きな情報爆発を起こし続けています。いえ、断続的に少しずつ大きくなっているといえば良いでしょうか。とにかく、この世界が貴方たちの世界に繋がっていないということは容易に想像できます。それを食い止める方法を一切思いつきませんからね。しかし、貴方はここにいる。どうしてでしょうか? これは既定事項なんでしょうか」 麗しき朝比奈さん(大)は、目線を伏せたままだ。そういや、朝比奈さんは古泉に対して意味深なことを随分と前に言っていたよな。もしかして、この先関係が悪化というか何かしたりするのだろうか。古泉は挑むような視線を向け続けている。 成る程。古泉一樹、敵にまわしたくない人物、か。確かに厄介そうだ。 暫し沈黙があった。静かになって再び電車の発車の音がする。もう終電の時刻だろうか。 「どうなんですか、朝比奈みくるさん」 古泉が畳み掛ける。彼女も決心したらしくようやく面を上げて、「……言えないことがたくさんありますが」と前置きしてから話し始めた。 「敵対勢力によるこの時間への介入は確かに既定事項外です――わたしにとっては。未来から調査したときこの時間平面にはこのような異常は認められませんでした。この七夕の日は……言えませんが我々にとって都合よく進むことが既定だったんです」 朝比奈さん(大)は、少し間をおいて続けた。すでにこの段階で俺はいくつかの疑問が浮かんでいた。 「しかし事実こうなってしまいました。わたしたちの見解は、この時期の涼宮さんと七夕の日を利用することによって最大エネルギーで時空振動、情報フレアを発生させたいのだ、と考えています。あとわたしがこの繋がっていない時間軸に来られていることは、最大級の禁則です。それにあなた方にSTC理論を言語で伝えるのは不可能に近いので、言えません。すみません」 「じゃあ、本当に繋がっていないんですね?」 「……ええ」 終始、古泉は顎を擦りながら真剣な表情で聴いていた。 俺はというと、100%理解したか? と訊かれたら、ノーと答える自信はある。なんだか朝比奈さん(大)も微妙なところを答えているような気もしてくる。 長門はさっきからずっと無言で朝比奈さん(大)を見つめている。 「もしかして、この時間平面もずっと介入が続けられているのですか?」古泉が訊ねる。 「……はい。わたしたちは今、その改竄の応酬の最中にいます。ですから、長門さんにお願いして気付かれないように手配しているんです。わたしも当然狙われるので」 全くこんな話が現実のこととは到底思えないな。ようは本当に世界の裏側で二つの集団が時間を越えて戦闘を繰り返しているというわけだ。残念ながら、未来人の攻撃が如何なるものかは分からないため、そこら辺の想像のしようもなかった。 「とにかく、この戦闘はわたしたちが食い止めます。貴方たちにはその影響が及ばないようにもします。もちろん『わたし』にも。ですので皆さんには、この流れを元に戻してくれることを頼みたいのです」 なんとも無茶なお願いだ。 「前にもキョンくんには言ったと思いますが、時間を改竄するにはその時間平面にいる人を使って行わないといけないんです。憶えていますよね?」 確かに。二月のあの一週間の出来ごとは多分この先そう簡単に忘れることはないだろう。この先必要にもなるであろうし。 「ですので、わたしたちには不可能なんです、お願いします。あと今回わたしは一切のヒントを上げられません。わたしは何も知らないので。……すみません」 そう――なんですか。やはり、いつもはヒントがあるというわけか。 朝比奈さんは浮かない表情で俯き続けた。何も知らないから何も言えないのか、何か知ってるから何も言えないのか。 「よく分かりました」と言って古泉は頷きをして腕を組んだ。 「僕たちで、頑張ってみましょう――いえ、頑張らなければなりません。ところで彼女の、朝比奈みくるの時間移動には頼れるのでしょうか?」 「ええ、緊急措置としてほぼ全ての時間移動を許可してあります。申請がありしだい許可の返事を取るようにしていますので」 残念ながら、それを聞いても俺は安堵のしようがない。この際、常人離れした三人に頑張ってもらうことにしよう。俺みたいな一般人は、後ろを突いて行く役割で充分さ。 「それでは、頑張ってください。あっ! 必ず、貴方たちの時間を正しい流れに戻してください。じゃないと……困ります。では、また貴方たちと逢えることを願っています」 そう言い残して、どこかへと行こうとしたとき、俺は重要なことを思い出した。 「朝比奈さん!」 「……何でしょうか」朝比奈さんが微笑みながら振り返る。 「訊きにくいんですけど……朝比奈さん。俺たちは貴方を信じてもいいんですか? 貴方は嘘をついていないんですか?」 また風が吹いた。さっきとは打って変わって身体が凍えた。 朝比奈さん(大)もブラウスの上から両腕をさすった。 そしてもう一度笑みを浮かべた。 「信じてもらわないと困ります。だってわたしはSOS団の副々団長なんですよ?」 そう言って朝比奈さん(大)は微笑みを残して小走りで暗闇の夜の街へと消えた。 何となく、俺は追わないほうが良いような気がしてその場に立ち止まっていた。一瞬、三年前の七夕のことが頭を過ぎった。そうか、副々団長ですか。俺は内心少し安心していた。 古泉はずっと腕を組んで考えあぐねている。長門もまだ静止したままでいた。 時刻は、もう零時半に近い。高い空は以前鼠色で、街も僅かな灯りだけを残して闇色に染まっている。 そのまま放っておくと誰も喋らなそうなので、俺から口を開くことにした。 「全く、やれやれとしか形容できんな。それで、これから一体どうするんだ?」 古泉は組んでいた腕を解くと、西洋式にお手上げのポーズをした。 「流石にこれは困りましたね。正直僕だけではどうしようもありませんよ。……実は我々にはタイムリミットというものがあるんです。言っていませんでしたが」 タイムリミットか? つまりはデッドラインっていうわけか。 「ええそうです。拡大し続ける閉鎖空間が全世界を完全に覆う瞬間を我々はリミットとしました。涼宮さんの能力が完全に失われてしまっては、もう何もかもおしまいです。もちろんその閉鎖空間に全世界が覆われて、世界は創り直されるでしょうが」 そして、確かそれはもう停めようがないんだったよな? 「ええ、我々が一番大きな他の小さな閉鎖空間を吸収しつつ成長する、涼宮さん本人が存在すると考えられる閉鎖空間に侵入することが不可能なので、神人を倒してその拡大を阻止する我々の最終手段が実行不可能なんです。……まぁ、一つだけ方法がありますがそれもかなり絶望的と言えるでしょう」 何だそれは。長門もそれを聞いて驚いたように顔をこちらに向けている。もちろんその驚きが表情に表れているわけではないが。 その表情が驚いているってことが分かるのもSOS団のメンバーだけに限られるんだろうな、と俺は少し考えた。 古泉は言い淀み、口を滑らしたと反省するような表情をした。 「それは……去年、貴方が行われたように、涼宮さんをこちらの世界に戻すことです。憶えておられますか? しかし残念ながら、それは無理だろうという結論も同じくして出ています。長門さんがその閉鎖空間に入れるというのであれば話は別なんですが……絶望的なことに涼宮さんは、『貴方』ではなく、『ジョン・スミス』を選んでしまったようなので」 古泉の声はどこまでも張り詰めていて冷え切っていた。 俺はそれを聞いて心のなかに得体の知れない黒い靄が生まれたのを感じた。 どうした、俺は嫉妬しているのか? ジョン・スミスに? 何故? 分からない。 「どうかされましたか?」 古泉が意地悪く微笑んでるように感じて仕方がない。 すると今度はさっきまで貝のように口を閉じていた長門が喋りだした。 「わたし個人の意思で、涼宮ハルヒの創りだした空間に介入することは許されていない。また、情報統合思念体の主流派は観察を目的としている。わたし個人の意思が解決できる問題ではない。……弁解する」 どうしてわけもないのに長門が謝るんだ。 古泉もそれを聞いてまた腕を組んで考える姿勢をとった。全く悪夢でも見ているようだ。夢ならとっとと醒めてくれないか。 朝比奈さん(大)が来たからといって結果的に繋がるのだと期待を抱いてはいけない、ということをさっきの会話で俺たちは暗に釘を刺されていた。ようはあの夏休みのときと同じだ。 「なぁ長門。もし許可が下りたら、俺をその閉鎖空間のなかに連れて行くことはできるのか? 出来るんだったら、無理にでもしてもらわないといけなさそうなんだが」 「……それは前例がないから不明。しかし、不可能に近いことは予測できる」 驚きだ。長門にでも出来ないことがあるのか? 「ある。涼宮ハルヒの潜在的な情報操作能力はとてもわたし一人で防ぎきれるものではない。それに彼女が現在、空間内から断続的に起こしている情報爆発は今までに類を見ないほどの膨大な量である。わたしにはその構成情報を書き換えることすら不可能だと判断した」 そう、なのか。そこまでハルヒはとんでもないやつだったのか。 ということはだ。 「なぁ、古泉。やっぱり朝比奈さんに助けを求めないといけなくなったと俺は思うんだが」 というか、それしかないだろう。古泉は自分で時間移動関係には機関が無力であると宣言してしまっているし、長門も現在の閉鎖空間には無力だということを釈明したし。 古泉も小さく溜息をつき、「確かにあとはそれしか方法は残っていなさそうです」と呟いた。 じゃあ、案ずるより産むが易い。タイムリミットだってそう遠い話じゃないんだろう? 「ええ。まぁ……仰るとおりです。閉鎖空間の拡大率から計算しましたところ、この世界が現状を維持できるリミットは明日の夜九時半頃になると予想されています。確かに少ないですがまだ我々に時間はあります」 夜の九時って言ったら、ハルヒが東中の校庭にでかでかと謎の文字を俺に書かせた時刻と符合する。これも果たして偶然か。 「ではそうと決まれば、今から朝比奈さんに連絡します」 何でいつもお前なんだ? 「どうしてです? そろそろ絞り込んでいるものとばかり思っていましたが」 だからお前の言っていることはどうも分からん。 「いえ、今のは失言でした。とにかく最後は貴方がどうにかされるのでしょう? 準備くらいこちらで整えさせてもらいますよ」 「……古泉」 「何でしょうか」古泉は可笑しくてたまらないとでも言うように顔の筋肉を弛緩させている。 そんなに他人が理解できない皮肉を言っていて楽しいか? 「それこそ、何のことかさっぱりです」 まぁいい、今回は念願の時間移動が出来るんだ。満足じゃないのか? 「さぁ、どうでしょうねぇ。……失礼。…………夜分遅くにすいません、古泉です。今、彼と長門さんと三人でいつもの駅前に集合しています。……はい、そうです。そのことで話をしています。是非来してもらえませんか? ……事情はついてからということで……ありがとうございます。そこでなんですが、来られる途中時間移動の申請をしてもらえないでしょうか? ……ええ、彼が仰っていますと、お伝えください。……それでは、お待ちしております。…………ふぅ。取り敢えず、今すぐ来られるようですよ」 古泉は携帯をしまうと、俺のほうをまた向いた。何だそのよく分からん顔は。何も出てこないぜ? 長門はというと、まだどこか宙の一転を望洋していた。 「長門。ちょっと訊きたいことがあるんだが」 「……なに?」 「お前、『あいつ』が部屋に入ってくる前に扉の向こうを透視、していたよな。あのとき何か見たのか?」 確か長門は食い入るように扉を見つめていた筈だ。長門はまた沈黙を置いて、 「透視ではない。一種の遠隔熱伝導情報感知」 そんなことは残念ながら俺にとってはどうでもいい。それで何を見たのか? 「……貴方の異時間同位体。貴方も見た」 「本当にそれだけか?」 すると長門はさっきよりも長く沈黙した。 長門は俺に据えていた視線をほんの一瞬下げてから、 「……それは禁則事項。貴方にもいずれ解ること」と呟いた。 長門が俺に対して、禁則事項ってワードを使ったのは今回が二度目だ。 どうやらこれ以上は教えてくれないみたいだ。まぁ、分かるんなら別に詮索はしないさ。 ぽつねんと宙を見上げる長門を、古泉が懐疑的な視線で見つめていた。 ――やはり、このとき俺はどこか楽観視しすぎていたようだ。 もっと複雑怪奇な問題であるということに俺は気付いていなかった―― 十数分後。暗闇のなか、街頭に照らされて可愛く走ってくる朝比奈さんの姿が見えた。遠目でもいつもの私服のセレクトに怠りはなかった。 朝比奈さんは一瞬入り口で立ち止まったあと、息を整えながらやってきた。あぁ、今朝比奈さんが驚いているのは俺たちが急に視界に現れたからだろう。長門が不可視何たらフィールドを発生させていたのを俺は思い出して納得した。 「一時的にバリアの一部に進入経路を造成した」 長門がつまらなさそうに補足説明をしてくれた。助かるぜ。 「はぁ、はぁ、はぁ。……ふぅ。遅れてすみません。待ちました?」 赤く上気した顔で朝比奈さんは胸の辺りを撫で下ろしていた。いいえ、全然。朝比奈さんのためなら何年でもほったらかしのまま集合場所で待っている自信がありますよ。 「それで、許可のほうはどうなりました?」古泉が横目で俺を見ながら催促した。どうせ時間の移動をするのだから焦る必要はないと言ってやりたかったが、まぁ、それもまたいいかと俺は何も言わなかった 「あっ! それのことなんですけど……申請したら、まるで待ってたようにすぐOKって出ちゃいました。またこの前みたいにキョンくんの指示に従えって……。目的すら分からないのに、キョンくんって一体誰にとっての何なんですか?」 古泉がやはりとしたり顔で頷く。正直、何なんですかって言われてもなぁ。 とにかく俺は、全てにとって共通認識として《鍵》なんだろ、と俺は理解しているのだが。 「ええ、その認識で間違ってはいませんよ」 古泉、お前は黙ってろ。どうしてか嘲笑されている気がする。 閑話休題、長門よ。あの野郎に会ってそれからどうするんだ? 「彼に対して掛けられている情報操作の解除と、以降の介入を妨害する防護壁を彼の体内にナノマシンとして注入する」 朝比奈さんが少し口元を抑えたのを目の端が捉えた。そういえば朝比奈さんはあれを去年やったらめったら打ち込まれているからな。俺も一度されたが、またあれかあのガブリと一発。 古泉は一つ咳払いをすると、 「では準備も整ったようですので。朝比奈さん、時間移動の準備をお願いします」 「あの、一体いつに飛べばいいんでしょうか」 朝比奈さんが困ったように問いかけて、古泉はまた違った困った表情を浮かべた。俺に助けを求めるように振り返る。そうか、古泉は知らないのか。 俺は長門のほうに頷いて、さっきまで後ろのほうで控えていたところからトテトテと朝比奈さんのほうへ近寄った。 「……手、出して」 「はい」 古泉は瞳を丸くして、朝比奈さんの掌に長門が人差し指を立てる様子を眺めていた。 「あれで伝わるというのですから彼女たちは侮れませんねぇ」憚るように手で口元を隠しながら古泉が耳打ちをした。 お前だって、俺からしてみればおんなじだ。 「何を言っておられるのですか、僕たちには時間を超えたり次元を超えたりする能力はありませんよ」 「空間は超えられるだろう?」 「それも、限定的なものですよ」 つと目をやると長門は朝比奈さんの掌から人差し指を離した。 「分かりました……でもその前に、移動する理由を教えてもらえますか?」 長門はそのまま首を動かして質問を俺たちに回した。 俺には長門が無言のまま俺たちを試しているように感じた。どこか罪悪感を抱えたまま俺は長門から受け取った視線を古泉へと向けた。古泉は俺には顔を向けずどこか時間が惜しいとでも言うように朝比奈さんを真っすぐ向いて、急かすよう答えた。 「それは向こうに着いてからお教えます。とにかく今は『彼』が現れる少し前に遡ってくれませんか?」 「そう……ですか。やっぱりそうかなって思ってました」 瞼を閉じて頷いた朝比奈さんは、そのまま俯きながら掌を出して「手を、重ねてください」と俺たちに向かって告げた。朝比奈さんにはいつも罪悪感がある。俺はいつそのことを謝れるのだろうか。 「では」と断ってから、古泉、長門、俺の順で手を重ねると、誰からともなく目を瞑った。 しまった、時間移動するであろうと読んでいたのに、酔い止めを用意するのをまたしても忘れてしまった。 暫く目を瞑っているとまたしてもあの天地が引っ繰り返るような衝撃がやってきた。心なしか去年より和らいでいる気がする。慣れてしまったということだろうか? まぁ、いい。どちらにしろ、もどしそうになっているのは変わらない事実なんだからな。長門は多分平気だろうが果たして古泉はどうなんだろうか。あいつは今回が初めてのはずだ。いや、しかし鍛えているって可能性もあるな。――どうやって三半規管を鍛えるんだ? そして既に暗転している世界のなか俺の感覚が、そのほか意識諸共完全にブラックアウトした。 灰色の、天井。 目を見開いたとき、俺の身体はどこかの廊下に横たわっていた。ぼやけていたが見慣れていることから、どうもここは旧校舎のなからしい。 どうやら今回俺は前ほどは眠っていない――みたいだ。慣れたのだろうか。顔を傾かせて階段を確認する。 「あっ、今回は……その、禁則事項……の時間を短くしました。……そのほうがすぐに動けますから」 つっかえつっかえ朝比奈さんが答えた。どうやらいつもみたいに長く眠っていると支障が出るってことらしい。つまりは臨戦態勢でってわけか。 あいつが訪れた時刻を俺ははっきりと憶えていなかったが、窓の外の夕紅の景色からもうまもなくであるということは分かった。 「さぁ、もうすぐです」 俺が何故か痛い頬をさすりながら上体を起こすと、階段を上がったところの角から廊下を伺っている古泉が声を掛けてきた。かくいう古泉はゼロアワーを覚えてでもいるのだろうか。 「長門さんから教えてもらいました」 そんなことだろうと思っていたよ。俺は起き上がって服を少しはたいた。 しかし今思い返してみても、ドアがノックされる瞬間の長門の素振りがどうしても不自然だった気がする。単に驚いただけとも取れるかもしれないが、何かが違うような気がする。全くいつもこれだ。俺の脳味噌は何に引っかかっているのか全く教えてくれない。何だっていうんだ。何を『見たんだ』? 暫く廊下の端から伺っていると、反対側から歩く音が聞こえてきた。少し覗いてみると案の定、足音の主は『ジョン・スミス』だった。 何となくだが、まだ俺はその人物を俺と呼ぶことに躊躇いがあった。あいつは俺であって俺ではない。俺であることに間違いはないようだが、俺があんなことをするはずがない。縦え操られているのだとしても、だからといって彼を俺と呼ぶことを俺は素直に認められなかった。 しかし一人で来ているのか。さぁ、今からどうする。まだ『あいつ』は俺たちの存在に気付いていないはずだ。操られているからといって急に長門並みの能力が備わっているわけではないことを祈ろう。古泉は、ノックの前に『あいつ』に近寄ってその動きを止めたあと、長門がナノマシンを注入するような作戦を俺に話していた。……それにしても長門は何が言いたかったのだろう。 思い過ごしの恐れもあるが、そのあとの長門の様子からも俺はどこか不思議な感じを抱いた。放課後やさっきの集まりのときも何かを伝えたそうにしていた――ような気がする。あの俺が、情報統合思念体によって操られていると言うことだろうか。それなら既に聞いている。どうやら俺の頭のなかは去年末から長門の挙動がその多くを占めていることに変わりなかった。 ふとまた覗いてみると、アイツがもう扉の近くにまで来ていた。 ――必ず、貴方たちの時間を正しい流れに戻してください。 俺たちの前から姿を消す直前、朝比奈さん(大)は確かにそう言った。 言われなくたって、当然俺たちはそうするつもりである。その言葉になんらおかしなところはない。筈なのだが、しかし頭のなかで繰り返されるその声に脳がまたしても引っかかっていた。 古泉がゆっくりと動き出し、朝比奈さんにはその場を動かないようにジェスチャーする。そりゃそうだ、俺も異論はない。長門もそのあとを静かに追っていた。そして振り向いて俺にどうも意味有りげな視線を送った。 一体なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないか。溜め込むのは良くないって言ってきただろう。 そして、そのときだ。 俺の頭のなかで何かが閃いた。 確かに朝比奈さん(大)はこう言った。『貴方たちの』と。もしや――俺の身体が少しずつ震え始める。俺たちは間違ったことをしようとしているんじゃないのか? この時間移動は前とはどこか根本的に違うんじゃないのか? いや、間違ってはいないかもしれない。しかし――このままではかなり悪い、絶望的な事態になることは必至だ。 あと少しで『彼』に近づくところだった古泉に、俺は慌てて立ち塞がった。既に『あいつ』も俺たちのほうを注視している。しかし俺たちを眺めるその瞳に生気は宿っていず、はっきりと認識しているかは怪しかったが。 「おい、古泉。今すぐ元の時間に戻るぞ!」 思わず、声を荒げる。 「どうされたんです、そんなに慌てて。何か問題でも……」 明らかに古泉は困惑と不服の表情を浮かべている。だが俺は構わずに続けた。 「お前、この先の計画を考えているのか? ここであいつを元の時間に戻したあとどうするつもりだったんだ?」 「遮音フィールドを発生している」 長門が再び誰にともなく言った。ありがとよ。 「まさかだが古泉。お前が考えていないとでもいうのか?」 「ですから、また前の時間に戻れば……っ!?」 古泉の目の色が変わる。顔からも血の気が失せていく。 「お前も気付いたか。そうさ、いつの時代もSF作家がどうしてもぶつかったところだよ。タイムパラドックス、それが全然解決していない」 「……つまり、我々が戻ったとしても……向こうでは何も変わっていない。もしくは、別の我々が平凡に暮らしている。しかも変わるのは『この時間』の我々であって、僕たちではない……。しかし我々の過去では、彼が来ている…………僕としたことが。どうやら大きなミスを仕出かす所だったようです」 「ああ、そういうことに……なる、な。」 どうやら瞬時に俺が考えていたこと以上を理解したようだ。悔しいが認めようじゃないか。 古泉は恥じるように頭を左右に振ると、身を翻した。 「それでは朝比奈さん」 「ふえっ!?」 どうも朝比奈さんの反射神経は声にも繋がっているようだ。 「また、前の時間に戻れますか?」 「俺からもお願いします」 『あいつ』は、ノック寸前の状態でもまだこちらを見つめていた。 その『彼』の姿はどこか老け込んだようにも見え、機械的な瞳にまるで意思を奪われているようにも見えた。俺は未来を護るために『そいつ』を叩き起こさなければいけない。 「……じゃあ、キョンくんの指示には従えといわれていますので……手、お願いします」 掌を差し出した朝比奈さんの表情にも翳りが見えて、ますます申し訳なさを俺は感じた。今回ばかりは朝比奈さん(大)よりも俺たちのほうに非があるのかもしれない。 俺たちは、体内時間的にはほんの数分前と同じように朝比奈さんのそのちっこい掌の上に手を重ねてから瞼を閉じた。 「行きますよ?」 意識がまた飛ぶ直前、慣れた部室の扉をノックする硬い音が微かに聴こえた。 暑い、茹だるような暑さだ。俺はお天道様に釜茹での刑を処せられているのかね、罪状を教えてくれよ。 蝉は所狭しと樹に群がり喚き続け、太陽は首筋を直に燻り続けている。この身体から大量の塩分を奪っていく大粒の汗も、止め処なく流れ続けていた。 谷口のアホ話も俺にしてみれば、蟲や街の夏特有の喧騒と何ら変わりはなく、俺の両耳はそれらを自然とシャットアウトしていた。――塞ぎ切れない音に苛々感が募るわけでもあるが。もうだいぶ慣れたと思っていた光陽園駅からのこの坂道も、唯一この季節、夏だけは例外のようで俺は倍以上の時間を歩いているように感じた。いや、歩かされているのか。 しかしどうしてもこいつに俺は憐憫の目をやってしまう。一度隣で喚く谷口を頭の上から足のつま先までなめてからもう一度溜息をつく。断っておくが、俺はこいつの能天気な頭を特別憐れんでいるわけでも嘆いているわけでもなく、『何も知らない人々』たち、一般ピーポーの最も身近な代表への憫れみを込めた視線、だと言っておこう。 訪れるであろう、涼宮ハルヒによる不可避の世界崩壊。それが一体どんなものになるかは皆目見当がつかないが、頭のどこかでそのまるで黙示録のような予言を『リセット』と結び付けている自分がいた。ゼロからのやり直し。ただゲームと違うところは、次の世界がどうなるか全く未知数だということだ。その全ての根源であるハルヒの閉鎖空間はとどまるところを知らず、拡大の一途を辿っている――という話だ。 つくづく、凡人はいつの世も可哀想である。一方的に巻き込まれ被害者としかならないのだから。そして残念ながら俺がもう凡人の域を超えていることは去年来から知っている。偶に自分の位置づけがごちゃ混ぜになっているって? 人間っていうのは自分にとって都合のいいことしか受け入れられないものなのさ。確かに俺は一般人ではある。しかし同時に世界の裏側を知る人間でもある。一般人とそうでない人間の区別と定義なんてものは、それを推考する角度からによって幾重にも変わるものなのさ。 乱暴に靴箱から上履きを落としてそれに履き替えたあと、俺は谷口の一方通行独白を先頭に教室を目指した。 それでも今の世界がなくなりますよと宣告されているのにこうして学校に登校する俺はどこかシュールでもある。今まで散々非現実と向き合ってきたが、今回は度を越して異常だ。今から数時間後に世界がなくなります分かりましたか、と訊かれて、はいそうですかそれは大変ですねなんて本気で浮世離れたことを言える能天気がいたら俺の前に連れて来い。SOS団に推薦してやる、団員その一のお墨付きだ。 教室に入って軽く挨拶を交わしたあと俺は自席に座りながら、習慣として真後ろの座席を確認した。言われなくても分かっている、今日あいつは欠席だ。そしてこの教室内でその理由を公言できる人はいないだろう。 当然俺もだ。そんな勇気などない。涼宮ハルヒはこの世界から消失しています、だから学校に来れませんなんてな。 それでもこの非日常に四方を囲まれた日常は、何も目にしていなかのうように過ぎて行く。 教師たちは今日も長々と読経をするように授業を続けていた。皆は、というとそれでも試験の点数は至上らしい。残念ながらこの世界の住民は試験の当日を迎えることはない。けれど今の俺にはその滑稽さを笑っていられる余裕さえ持ち合わせていなかった。 そんな当に地球を離れ木星軌道まで吹っ飛んでる俺の思考がこの授業に集中しているわけもなく、昨日の――正確には今日のえらい早くの出来ごとを俺は何度も何度も思い返していた。 朝比奈さんのおかげで出発した時間の少しあとに戻ることの出来た俺たちはそのまま暫く黙って公園の段差に腰掛けていた。一様にえらく疲れた顔をして、あの古泉もまともに疲労困憊であると表情に出していた。長門はどうか分からないが。 突然呼び出されて過去に行けと言われ、行った先で今度は戻れと言われ、やや不服ながらもどこかきょとんとしていた朝比奈さんだったが、事情を説明すると流石未来人らしく早く飲み込んでくれた。ようは、あのままじゃ俺たちがあいつらの立場になることは永劫出来ない、と言うことだ。それが『貴方たちの』という意味。 つまりはこの世界にはたくさんの俺たちがいるということなんだろう。それぞれの細かい時間平面のなかにいる自分たち。そいつらは全員同じで全員違う。決して相容れない――時間的に。というのはあくまで俺と古泉の考え出した暫定的なタイムパラドックスの障害である。本当のところ未来人から見たらどうなっているのかは全く分からない。 とにかく俺たちは別の方法を考えなければいけなくなってしまった。もしくは、あの展開から更にどうするかを。 少し今後の動きについて話し合ったあと、今日の放課後に再度集合ということで解散になった。 今の俺がやや寝不足気味なのは、真夜中に色々ありすぎて、ありすぎたうえに寝れていないからだ。これでも俺の身体は健康的な昼型であり普通に睡眠時間を大量に必要とする。寝ている時間が短くなればなるほど、朝の負担も比例して大きくなるのだ。当たり前のことだって? それは言うな。 やっとの思いで欠伸を噛み殺した俺は、少しでもノートに向かう姿勢をとった。寝ているよりは随分ましだろう。――何かいい考え、思いつかないもんかね。 朝比奈さん(大)はああは言ったものの、何らかのヒントは出ている筈だと俺は思っている。現に彼女の呟いた何気ない言葉は俺たちに誤った道を進ませることを止めさせた。いつもの通りたいして当てにならない勘ではあるが、この状況で常識だけで動くのはもう逆に場違いという雰囲気もする。 結局長門が何を伝えたかったのかは分からない。俺の行動のことかもしれないし、この先の危険のことかもしれない。もしかして『観察が目的』が理由で葛藤してるんだったら、考え直させないといけないな。 とにかく何らかの、もしくは誰かの仕組んだ既定事項通りにことが進んでいる可能性がある。先に教えてくれたら、わざわざ行かなくても済んだものを、何てなことを俺は別にぼやきはしなかった。そのときに教わらなくて、進むことが必然なのだから。 適当に昼飯を食い、適当に授業を聞き流し、適当に掃除を済ませるとあっという間に放課後、俺は文芸部室へと足を向けた。俺の親はしきりに言う。若い頃は勉強の毎日などただしんどいだけかもしれないが、大人になったら分かる、勉強ほど楽なことはないと。 早々と時間が過ぎ去って行った理由は、全く特筆に値するアクシデントが起こらなかったってことだ。全世界切羽詰っている筈だが、古泉から休み時間ごとのミーティングなんて無かったし、長門が不変の表情のまま天地が引っ繰り返りそうな爆弾発言をすることもなく、鶴屋さんから可笑しくなった朝比奈さんの子守りを手伝ってもらう要請もなく、ただただ平凡に過ぎた。おいおい、緊張感の欠片もないぞ。 生徒会はまた何か退屈しのぎを吹っ掛けてくるのだろうか、と俺は部室までの道中ふと思い出した。どちらかというと今期が、あの陰謀色の強い生徒会の豪腕が発揮されるときでもある。――全くそれどころじゃないのが現実ではあるが。 躊躇なく扉を開けると、既に俺以外のメンツが揃っていた。ノックをしなかったのは朝比奈さんがメイド服に着替えていないと読んでのことだ。 「こんにちはぁ」 「あぁ、どうも」 朝比奈さんに挨拶を返して、俺は古泉の対面に腰を下ろすとその表情を伺い見た。多分こいつは今朝、一睡もしていないんだろう。何となく雰囲気からそんな気がした。普段は口を利くことも無い九組の奴らからわざわざ話を訊ねまわったのも、古泉が珍しく遅刻をしたからだ。予想だが、機関は臨戦態勢のままだったのだろう。 張り詰めていた緊張が一瞬で解けて、一気に飽和でもしたような表情を古泉はしていた。 「それで、何か良案を思いつかれましたか?」 溜息混じりに古泉が訊ねてくる。声には張りがなく、どこか一気に老けてしまったように俺は感じた。お前の男前の顔に翳りは似合わないぜ? 「いいや、全く思いつかない。俺が思いつくほどの簡単なもんならお前でも長門でも、もう思いついていてもおかしくないさ」 「これはこれはご謙遜を。貴方はいつも僕たちが驚かれるような手段を見せてくれるではないですか。ねぇ、長門さん。そう思いませんか?」 「違いない」 まったく、長門もどうした? 褒めてもポケットから飴玉は出てこないぜ。 「いえいえ、貴方ならきっと良き、我々をあっと驚かせてくれる策を出してくれると信じています」 まるで教会の神父が礼拝をサボる子供を諭しているみたいだな――無視することにしよう。 「それで、朝比奈さんは何か分かったんですか?」 俺は言外に、時間関係を匂わせた。時間移動に関しては朝比奈さんに訊くのが常套であり、古泉と睨めっこをしていて答えがポロリと出てくる問題ではない。 朝比奈さんは答えることを逡巡しているように見えた。 「キョンくん……どこまで、わたしが言えるのか分かりませんけど……わたしには今回、ほとんど情報を与えられていません。それに……そのTPDDだとか、そのほか時間移動に関わることはわたしの権限では何も言えないんです。何も漏らせないように操作されてるんです。だからその……キョンくんたちが考える矛盾、とかについてもわたしは何も教えることは出来ないんです。それが……決まりだから」 朝比奈さんは俯きながら決まりが悪そうに応えた。毎度毎度思うが、やっぱり朝比奈さん(大)は自分の若い頃に厳しすぎるだろう。 朝比奈さん(大)の考えだとは思うのだが、それでいても今の朝比奈さんに何らかの権利を与えてもいいと俺は思う。確かにおっちょこちょいな一面はあるからうっかりで口を滑らすこともあるかもしれないが、朝比奈さんは俺が知りうるなかで一番真面目な人でもある。だからそういう心配は無いんじゃないかとも俺は同時に思っていた。 とそこまで考えたところで、一瞬頭のなかを――そう、影とも形容すべきものが過ぎった。朝比奈さん(大)が朝比奈さん(小)に厳しすぎるわけ――。 もしかしてそれは、『わたしが今のこの子の立場だったときに、わたしはわたしに会っていないもの』じゃないんじゃないのか――? 俺は今の朝比奈さんの顔に、俺が前に見た両方の朝比奈さんの憂いを帯びた表情を重ね合わせてみた。もしかしてそれは――彼女を助けようと、自分と同じ道を辿らせないようとしている? 「ただ、いつもの事例からしたらどこかにヒントはあってもよさそうなんですけど」 もう一度口を開いた朝比奈さんに俺ははっとさせられ、意識を戻した。誰も俺に注意を払っているようには見えなかった。さっきの考えは忘れよう――。 俺は部室内の沈黙に、やはりそうなのか、と朝比奈さんを除いた三人の心の声を聴いた気がした。どこかにヒントはある。 またしても手詰まりと言った雰囲気が部室に圧し掛かると、今度はその沈黙を破るように長門が急に喋り始めた。 「ただ、導くことは可能」 長門はさっきまで上げてた目線をいつもの膝上に落としたまま続けた。 「確かに貴方たち未来人は自らの手では、未来を創造することは出来ない。何故なら自分たち自身がその未来に属し、故に自分たちの干渉が時間平面の前途に影響を及ぼせないから。しかし自分たちが所属する未来へ、過去の人々を偶然としか思えない方法で利用して時間及び世界の方向を誘導することはいとも容易。何故なら貴方たちは幾度にも試行錯誤を繰り返すことが可能だから。そして貴方たちはその誘導によって、涼宮ハルヒに関する全ての重要不確定要素を、確定し自分たちの未来へと接合させることを命題としている」 長門が語ったそれは俺が今まで聞いてきた断片的なことを纏めたものだった。言っていること事態は俺が今まで聞いてきたことと同じのはずだで初耳というわけではなく、さほど新鮮味はなかった。だが朝比奈さんは小さい身体をやけに縮こませ、古泉はなぜかしたり顔で頷いている。まるで、自分の理論が実証されたときのような学者だ。 長門は最後に俺のほうに顔を向けて告げた。 「そして貴方がそのなかで最も重要になる鍵。貴方自身に時空間に影響を及ぼす特別な能力は無いが、貴方を導くことが彼女の不確定要素を確定させる重要なプロセスになり、ファクターだから。つまり言い換えると全ては貴方の行動次第。そしてそれが結果、偶然既定事項に沿っていることとなる」 今度は俺は今の長門のモノローグに去年の映画撮影のときの不思議な感覚を思い出した。確かあれは俺が長門と古泉のダイアログを撮っていたときに感じていた気がする――。 そしてそのまま長門の後半の独白は冬に朝比奈さん(大)から聞いた事象についての説明とも符合した。 「もしかすると、ヒントはここ最近出されたというわけではないのかもしれません」 思いついた、という風に手を打った古泉は流れ始めた変な空気を断ち切るかのようにそう切り出した。 「……なるほど。つまりは長い伏線というわけだな?」 「それを貴方に言われてはやや興醒めですが……。それに、あの時点ではまだ間違ってはいなかったのかもしれません」 確かにその可能性だってもちろんゼロではない。実のところ俺が思うにそれ以外の方法自体が思いつかない。だが問題はそこから先であり、どうやって俺たちがその時間軸に入り込むか、にある。 「何か手掛かりとなるようなことを思い出せませんか? 去年のことであるとか、時間移動に関してであるとか。我々に残されたタイムリミットはあと――どうやらあと五時間弱しかないようなんです」 そうみたいだな。部室の時計――これはハルヒが持って来た訳ではない――をチェックしたあと、俺は去年の記憶を掘り起こし始めた。 朝比奈さん関連で挙げられるとしたら、まず俺が初めて朝比奈さん(大)に遇ったとき。朝比奈さんに連れられて中一の七夕に時間移動したとき。エンドレスサマーのときの朝比奈さんの切実な告白。映画撮影のときのこぼれ話。――冬の一連の朝比奈さん関連事象、ぐらいだろうか。 それでは整理だ。映画撮影は除いても良いだろう。朝比奈さん(大)に始めてあったときは、多分そのすぐあとのハルヒとの閉鎖空間事件の予告が目的だったように思う。エンドレスサマーのときも、朝比奈さんは泣き喚いていたが俺の記憶が正しければそれらしい示唆は無かったはずである。 つまり残るのは七夕のときの時間移動と、冬の下旬の『朝比奈みちる』事件の二つってわけか。 「その判断が妥当でしょうね」 だがそうなれば残念ながら古泉は更に無関係だ。古泉の顔が自分にはどうもしようがないということを、またしても愁いでいるように見えた。しかしどこでそのヒントは提示されたのだろうか。もしかすると七夕の出来ごとのほうが、ある種重要なのではないだろうか。特に日付が日付だし、冬の出来ごとのときは散々因果応報や辻褄を叩き込まれた感じがある。確かにそれも今の俺らなりの理論の柱にはなってくれているが。とにかく順を追うことにしよう。 「まず、朝比奈さんが俺を呼び止めて中学一年のときに時間遡行した」 「はい」朝比奈さんが頷く。 「そのあと俺はハルヒの線引き係を背負わされる。そしてそのあと何故かTPDDを紛失してしまう」 「ほんと……何ででしょうか」朝比奈さんが頸を傾げる。 「が、それでも長門を頼りにして戻ってくることが出来た……」 以上である。一体どこで? どう考えていっても袋小路だ。どこにも解が見当たらない、懐中電灯を落としたわけでもないのに。 過去に行って帰ってきた、ただそれだけである。非日常すぎて、俺が付け込む隙が見当たらない。だが――俺は何か疑問を感じてはいなかったか? 何か腑に落ちないことがあったんじゃなかったか? そのときじっと考えていた古泉が突然、あっ、と叫んだ。 「そうです! それですよ、それがヒントであり答えだったんです」 「待て、何がだ?」 「僕もはっきりと記憶していますよ、チェスの最中に貴方が僕と長門さんに訊ねられたこと。貴方が疑問に思われていたこと。それが、アンサーです」 古泉が勝手に探偵役を演じている。おい、誰の頭にもクエスチョンマークしか浮かんでいないように見えるのは俺だけか? 長門は空虚な瞳で古泉を見つめていた。古泉だけを切り取ってみれば先が拓けたようには見えるのだが。 「待て待て、俺は全然追いついていないぞ。俺が一体何を言った?」 「ええ、貴方は言いました。この事態を解決する作戦の根拠となる事柄を」 古泉がこちらを見て微笑んでいる。気持ち悪い、やめろ、あっち向け。そして俺は一体全体何を言ってたのかね。 「取りあえず、早速時間移動を始めましょう。朝比奈さん、時間の座標はこの前と同じでお願いします。……いや、それの少し前で、空間座標は校舎内の反対側でお願いします」 「あの、待って下さい、わたしにもさっぱりなんですけど……」 言わずもがな俺もさっぱりだ。全く理解できない。まるでマイナスをマイナスで割るとプラスになると教えられてパンク寸前の中学生のようだ。はたまた自乗してマイナスになる数を考えろと正反対のことを言われてしどろもどろしている高校生か。 「大丈夫です。貴方ならすぐ理解されるでしょう、もちろん朝比奈さんもです。それも分かるんだから仕方がない、としか」 「……それじゃあ、準備はいいですか? 行きますよ」 渋々、と言った表情で朝比奈さんは三度掌を出した。そうだったな、確かに俺は面倒なことは異能力者たちにやらせておけばいいなんて言ってた気もするぜ。俺は尻尾をふっときゃ良いってか? もうそんな位置に甘んじていられないと叫ぶ俺もいるのだが。 二度あることは三度ある。同じく三度目の正直とも言う。しかし――三度目も越えてしまったものは、ただ繰り返すだけなのさ。 何がかって? 酔い止めのことだよ。 くっ、来た―― 俺を引っ張る力が奪われ世界の上下が引っ繰り返ったような感覚がしたあと、再び俺の背中は旧館の廊下に吸いつけられていた。万有引力と重力に感謝。 窓からのぼやけた西日が眩しい。それのせいかもしれないがまだ少し眩暈と頭痛がする。俺だけ規制が強くないか? 同じく『現地人』である古泉よりも。 行動を拒否する頭を支えながら起き上がった俺を、朝比奈さんが袖を掴んで奥に引っ張り込んだ。古泉がそばで「我々は僕たちを見ていないでしょう?」と、分かる人には分かる補足説明を耳元でする。待て、まだ意識が朦朧としている。まるで朝に弱い低血圧の人みたいだ、はたまた爬虫類か。 「まもなくです」と、古泉が囁くと長門が何かを感知したように面を上げた。 そういやさっきからちょっとだけ長門の影が薄かったかな。積極的に喋ろうとしないんだから仕方が無いか。あとでもっと喋るように進めないとな。 どうも頭がふらついて関係のないことを考えてしまう。 「来ましたよ、我々が」 俺は反対側から見つからないように気をつけて覗くと、朝比奈さんに頬を叩かれている自分を見た。なんですと! 俺は後ろを振り返って、朝比奈さんの照れた顔を俯かせて「すみません」と小声で謝るのを見つめた。いやいや、大歓迎です! 畜生、羨ましすぎるぞ俺! どうやら俺は、意識が無いうちに朝比奈さんに度々何かをやってもらっているらしい。くそ、もしそのときに意識さえあれば――。 俺がまた関係なく一喜一憂しているのも束の間、今度はこっち側のドアが開いて悠々と未来の俺が舞台に登場した。 「成る程そういうことでしたか」 古泉がまた何やら勝手に納得している。一体何がだ。勿体つけず、教えてくれ。 「いえいえ。ただの戯言です」 古泉は微笑みながら答えた。余裕の笑みともとれる。――それにしても『あいつ』、俺たちの目の前を素通りして行ったぞ。 「不可視遮音フィールドを発生している」 またしても、ここ2日間耳にし続けている長門の科白だ。考えてみれば随分と反則的な技だな。それを使ったら何でもかんでも辻褄が合う何てことは言うなよ? それより、そのフィールドを使っているんだったら俺たちは特に隠れる必要はないんじゃないのか。 「さて、ここからが正念場です。ここで我々が行動に出なければ未来……この時代の僕たちにとっての未来は変化しません。ですが、行動を始めた瞬間、そこから始まる世界は我々の体験したものとはまったく異なる世界となります。違う世界へ、この場合は未来ですがそこへと繋がる道を開拓できさえすれば、これより続く過去もそちらに流れることになるでしょう」 今一後半部分がよく解らないが、ということはそれもうあの俺たちに見られてもかまわないってことか? 「それは行けません。彼らにもこの未来を辿ってもらわなければ行けない。部室内の我々はこの先の未来を進み、向こう側にいる我々はもう一度七月八日の未明に戻ることになるでしょう。繰り返しますが、僕たちが最初にこの時間に来たとき――つまりは彼らの立場であったとき――今の僕たちを見てはいません」 古泉は満面に微笑を浮かべている。我々の勝利です、と今にでも言いそうな口をしている。少し、考えさせてくれ。 「……待ってくれ、つまり……あの俺たちは俺たちなんだから――そうか、そこであの俺たちはまた俺たちと同じ道筋を進んで、そこでようやく全ての俺たちが未来人たちの望む未来を辿ることになるってわけか! そうなんですね、朝比奈さん」 「ふえっ! そ、そんなの禁則事項に決まってるじゃあないですかぁ」 突然名前を呼ばれて朝比奈さんが悩ましく身体をくねらす。あぁ、それ以上はダメです! 古泉はそれでも満足げに頷いた。 「そうですよねぇ。言えないに決まっていますよね? ですが僕は確信しています。彼の体験と行動、その全てが未来人の既定事項に沿っていることは長門さんが証明してくれてますしね。さぁ、彼らがもといた座標へ時間移動したあと、すぐに行動に移りますよ」 「なぁ、古泉?」 「何でしょうか?」 何か知らないがまるで策謀どおりに敵陣が動いて密かに歓喜している冷徹参謀長みたいに活き活きしているな。 「そう見えますか? まぁ、自分が参謀であることはやや自負していますがね。なにせ、」と古泉は胸を叩き、 「副団長ですから」 と言った。そして俺たちはニヤリと笑いあった。 そのあと俺たちは廊下に出て、彼ら――俺たち――の行動を見ていた。流石長門というべきか、あのとき遮音フィールドしか展開していなかったのは――どちらにしろ俺には感知できないが――今この状況にいる俺たちが彼らの行動を見られるようにするためだったのか。 「……その可能性はある」 ん、長門にしたら随分と不明瞭な答えだな。 「…………」 長門は答えなかった。まぁ、それでもいい。答えが一つ、なんてことは実際問題俺たちにとっては全く関係ないからな。 しかしはたから見ていると、俺の行動は実に滑稽だ。それと同じくらい俺を客観的に見ていることも滑稽と言えるが。新年明けて早々俺は瀕死状態の自分を目の当たりにしたが、あのときとはまた違う感慨がある。一切の声が聴こえてこないのもまるで、昔の白黒のコメディ映画を見ているようだった。 古泉のほうを覗き見ると、同じく腕を組みながら興味深そうにもう一人の自分をまるで細胞の動きを観察するように見つめていた。 「何故、あのとき貴方に言われるまでタイムパラドックスに気が付かなかったのか、改めて思い返してみると不思議でならないですね」 ポツリと呟く。知らん、誰かさんの陰謀かもしれないぜ。脳内を操作したとかさ。 「それは……お断りしたいです」 「もうすぐです……!!」 朝比奈さんの声がした丁度そのとき、今まで俺たちの目の前にいたもう一人の俺たちが忽然と消えた。 何故だ、まだ手を重ね合わせていなかったぞ? まさか――。 「……禁則事項だから」 長門の何とかフィールドか! 「長門さん、急いで!」 古泉が思い出したかのように声を荒げる。『あいつ』はノック寸前だ。その音を、鳴らしてはいけない。 「了承した」 体育祭のときに見せたような超高速ダッシュを長門は披露して、あっという間にあいつの腕に歯を立てていた。俺たちも急いで長門の後ろに集まった。 「全て終わった」 暫くして、長門がそう囁いた。長門が身を引くと、途端に未来の俺にその変化が現れ始めた。 そいつの虚ろだった瞳にはどんどん生気が宿っていき、自分でも「そいつ」の焦点が合い始めるのが分かった。「おうっ!!」ようやく目醒めたか。 「やっと元の状態に戻られましたか。どうやら未来の貴方も現在の彼とさほど変わりが無いように見受けられますね」 「お前は……古泉? それにしては、随分と若いが……待てよ、俺はどうしてこんなとこにいる……まさか――ここは過去か!!」 おい、未来の俺。そのリアクション、自分で見ていると随分恥ずかしいぞ。 「そうか……ここは北校か」 「そうです、ここは貴方がもと居た時間から遡った時空間です。しかし……何も憶えておられませんか? 貴方が何故ここにいるのか」 古泉は丁寧にも敬語を使って未来の俺に訊ねかけた。暫く彼はそのまま腕を組んでいたが、溜息を吐きながら解いた。 「いや悪いが古泉、皆目見当がつかない。……もう一度訊くが、俺は過去にいるんだな?」 古泉は頷き返した。 「……やはりそうなのか。すまん、何も思い出せそうにない。だが……いや、いい。ただの記憶違いだ」 「もしかすると、何も憶えていないのではないかと思っていましたが、やはりその通りでしたか。実はですね……」 古泉が俺たちの置かれている状況を説明し始めた。 それにしても、見ている限り未来の俺はどうやら時間移動自体にはさほど、ショックを受けていないように思える。俺だって初めての時間遡行にはドキドキハラハラ――笑ってもいいぞ――したが、こいつは最初自らの境遇に驚いたあとは至って平然とそれを受け止めている。ひょっとして――いや、したくない想像はやめておこう。ただでさえ今、目の前にいる未来の俺は、今の俺に静かにその境遇を物語っている。 どうやら、何年後かの俺もまだまだハルヒに振り回されるようだ。 全く、嬉しいやら悲しいやらどっちか分からんね。いや、悲しいか、前言撤回。 とそこで思考を止めると、どうやら古泉が長門を交えての現在の状況と送り込まれてきた理由をあたかも演説の如く説明し終わったらしく、未来の俺は再び腕組みをして思案顔になっていた。俺はこんな顔になるのか。 だが一言、「成る程な」と言ったあとどうやら合点が行ったようで、 「そろそろ来るな」 とだけ呟いた。さて、何が来たと思う? 勘の良い奴なら分かるだろう。俺はそれに軽くデジャブを憶えた。 俺たちの頭の上にそろって軽くクエスチョンマークが浮いていたとき、まず俺の隣で変な声がした。 「ふえっ……」 さっきまで隣にいた朝比奈さんがその場に崩れ落ちる。既にその意識はない。そしてそのあと今度は後ろから突然声を掛けられた。 「迎えに来ました」 誰であろう、朝比奈さん(大)の再登場である。 「思った通りちゃんと未来を繋げて下さいましたね。感謝しています。この世界が未来から観測……確定されましたから」 「朝比奈さん、どうやら俺は操られていたようですね」 朝比奈さん(大)の微笑みに未来の俺が苦笑いをして歩み寄ろうとしたとき、二人の間を古泉が遮った。背中を彼に向けて、未来からの来訪者を真っ直ぐ睨む。 「すいません、朝比奈みくるさん。貴方に大事な質問があります。貴方は、一体どこまで知っていたんですか? もしかして我々は踊らされていただけ、なんでしょうか」 声が真剣味を帯び、瞳もいつぞやの森さんの怜悧なそれのまま挑んでいた。これが機関の本領と言ったところか。 廊下の空気が急激に重苦しくなって、誰もが口を閉ざした。もちろん古泉が疑心になるのも理解できる。 どうでもいいがここで誰かが部室から出てきたらそれこそ阿鼻叫喚かもしれないな。――いや、そんなことは無いか。まだ、長門はあの不可視遮音フィールドを張り続けているんだろう。全く反則だ。すまん余談だった。 朝比奈さん(大)は諦めたのか小さく肩を落とすと、 「どうやら貴方たちに信頼されていないみたいですね」 と静かに言った。 いえいえ滅相も無い、これは全部古泉の虚言でして――。 「いえ、仕方がないことだと思います。今まで何も明かさずに来ているのでわたしに不信感を抱いたとしてもそれは当然のことでしょう」 そんなことを――貴方から言われたら俺たちに返す言葉が無いじゃないですか。 俺が不安げにいると、見かねたのか未来の俺が「やれやれ、」と間に入ってきた。 「おい、古泉。お前はそんなに疑り深い奴か? いい機会だからこの時代の俺にも言っておいてやる。いいか、朝比奈さんの言うことは信じろ。未来の俺が言ってるんだ、それくらい信じてもらいたい」 古泉の目は「ですが」と言いたげだが、あいつは構わずに続けた。 「朝比奈さんはお前たちにヒントを与えにこの時代に来てくれている。それだけでいいだろう? そこは割り切れ。もし踊らされているんじゃないかって疑心暗鬼になるなら、言っておいてやるぜ。これから先お前たちは毎回毎回、立ち往生することになる。言葉の真意を真っ直ぐに受け止められなくて、要らない深読みばかりして必ず間違うことになる。だからこそ、」 俺は唾を飲んだ。どうしてか分からないが未来の俺に俺自身が圧倒されている。 「朝比奈さんを疑ったりしないでくれ。朝比奈さんは何も悪くない。行える範囲、規則内で最大限の援助を俺たちにいつもしてくれていたんだ。いや、してくれているんだ。そして……これからもだ」 未来の俺は優しい眼差しをしていた。あいつがこっそり、「確かこんなんだったかな」と言ったことに俺は全く気付いていなかった。 「あ、ありがとうございます……キョンくん」 「いえいえ、俺はこいつらに本当に大事なことを理解させてやったまでですよ」 古泉はというとすっかり言い含められて反論でもあるかと思ったが、それでも殊勝な顔つきで未来の俺を見ていた。 「貴方が彼のようになるのだと思うと、とても頼もしく心強く思いますよ」と俺に囁く。 合わせて俺に微笑む。そうかい、そうかい。 長門はというとさっきからずっと見た目はフリーズしたままだ。どうやらこの様子を長門なりに観察してはいるようだが。 朝比奈さん(小)も廊下に蹲っている、というかもう寝息を立てている。そんな様子を朝比奈さん(大)はちらりと一瞥したあと、俺たちのほうに向きなおった。 「未来のことを口にしてはいけませんが、貴方たちがこれから正しい道を進むことが判明したのでわたしたちはとても安堵しています。もうこれからどうすべきかは分かっているのでしょう? 古泉くん」 「ええ、承知の通りで」 そういや俺はまだこれからどうするかを一つも聞かされていないぞ。ただただ無理矢理連れてこせられただけなんだが。 「いえ簡単なことですよ。まぁ、朝比奈さんにも一つお願いすべきことがありますが」 「何でしょう」 朝比奈さん(大)が顔に浮かべた笑みは、どうも全てお見通しですよと俺たちに語りかけているように感じた。 「今この壁を挟んで向こうにいる、朝比奈みくるに命じて欲しいのです。そこにいる僕、彼、長門さんを連れて過去に時間移動してくださいと」 本当か? 古泉の案は俺を久々に驚かせた。一方で朝比奈さん(大)はというと首を深く縦にしていた。 「朝比奈さんは僕たちに言っています。この七月七日は我々――未来人のことですね――にとって都合よく進むと。しかし実際はそうはならなかった。そこで僕は考えました。彼女は未来から結果としての過去を知っての発言だったのだと」 結果としての過去ってどう言う意味だ。 「つまり、朝比奈さんが見たのは、上書きされた時間だったと言うことでしょう。言ってみればこれも一つのヒントですね。だったらやはり我々がこの時間の上塗りをするということです。そこで重要だったのが『都合よく進む』の意味です。それは何事も無く平穏に済むとはまた違う意味を持っているのだと僕は解釈しました。そして結論に至ったのです。彼らは時間移動をするのだと。そして多分それは僕たちのお願いで朝比奈さん、貴方が命令されるのでしょう」 「ええ、その通りです。でもまさかこんな裏の事情があったなんて知りませんでしたけどね」 「何時に時間移動させるかはお任せいたします。多分それでも当初の予定はあるでしょうから。とにかく、方法は一つしかありません。既に我々の異時間同位体が居る時間平面に僕たちがすまし顔で入るにはどうすればよいか。簡単なことです。彼らに立ち退いてもらえればよいのです。但しそれと気付かれずに」 それが去年の七夕の事件と繋がるのか。 「まぁ、繋がるといいますか、発想を得たといいますか。本物の未来人を前にあれこれと我々の空想論を語るのは些か気が引けますが、例えば……貴方が帰ってきたと最初思われた七月七日はやはり別の時間軸の七月七日であるとか。貴方が体験された時間移動は過去に行って現在に戻ってきたのではなく、過去に行ってそこで三年間を体感時間で言うと一瞬で過ごしたものであるとか。何故そうする必要があったのかは多分僕たちには判らないでしょうし、今言ったことが全て真実であるなんて言う保証は全然無いんですけどね。悲しいものです。とにかく貴方は別の時間軸の住民になる必要があった。それだけです」 お前言っていることは悲観しているようだが口角上がってるぞ。そう講釈を垂れるのもいい加減にしてくれ。俺のなかの何かが爆発しないうちにな。 「唯一つ僕が言いたいと思っていることは、」 まだ続ける気か、と俺が思った瞬間、その古泉の言葉を紡いだ奴がいた。 「過去は一つだが未来は一つではない、だろう? 古泉。ある意味当然とも言えるが」 たった今、部室から朝比奈さん以外が全員出て行った。朝比奈さんはそのあとにいつもの着替えがあるからな。 古泉はパラドックスがどうのこうのと交えながら、朝比奈さん(大)にこの部室内から四人で飛ぶという命令を朝比奈さんに打診してもらうよう言っていた。 何で部室内からなんだと俺が古泉に訊くと、制服が一揃い増えていたら怪しまれませんかと訊ね返しててきた。よく分からないが、増えるんだったらそっちのほうが良いなぁと俺は言ってやったが。古泉は笑い半分困惑半分が入り混じった表情をした。打診する瞬間は朝比奈さん(大)は俺たちの視界から外れた所で打診したため、一体どういったプロセスなのかは依然謎のままだ。とにかく頭のなかの何かで通信しているであろうことは、これまでの長門や朝比奈さん(大)の説明から予想できる。 眠らされている朝比奈さん(小)はそのあと寝たまま身体だけを起こされ、今は壁にもたれかかって寝ている。相変わらず、朝比奈さん(大)はその頬を突いていた。 どうやら、『俺たち』はハルヒを怪しませないように一緒に学校を出たあと、頃合いを見計ってここに戻ってくるようだ。常套手段だ。 それから暫く待っていると古泉を筆頭に一行は戻ってきた。その古泉もどうやら時間移動が出来るとなって喜んでいるように見えた。もう一人の俺はというと一番最後に嫌そうな顔をしながら部室の扉をノックして入った。全く自分が情けないぜ。どうせ、まだ朝比奈さん(大)の陰謀やら何やらを考えているのに違いない。 俺は思った。果たしてあいつはいつ未来人に対しての心構えを変えるのだろうかと。そのことの重大さに気付くのかと。 それからまた沈黙ののち、後ろでポツリと長門が、 「たった今、この時空間から彼らの存在を感知できなくなった」 と言った。もっと分かり易く、たった今、時間移動しましたみたいに言ってくれ。 「では、入ってみましょう」 待て古泉。何でわざわざ入る必要があるんだ? 「ただの確認ですよ、確認。彼らが置いておいてくれないといけない物がありますので」 そういったあと古泉は鍵の掛かっていない部室の扉を押し開け、なかを一瞥してから良かった、と吐息を漏らした。 「お目当てのものはあったのか、古泉」 未来の俺が俺の肩越しに含み笑いをしながら訊ねる。どうやら、背も少し伸びているようだ。 「貴方は結果を知っておられると思いますが……ええ、見つかりましたよ。長門さんも朝比奈さんももちろん貴方の分も」 そう言って古泉は机や床においてあったそれを指差し、俺に「でしょう?」を言外に含ませた視線を送ってきた。俺はというと、納得して思わず安堵の溜息を漏らしてしまった。 「そうだな、古泉。そりゃ、確かにある意味大切だ」 随分と間抜けな忘れ物だがな。 七月八日、確認するまでもないが七夕の翌日、俺はこうして何の弊害もなく登校している。まぁ、この季節という俺らにとっては身近な一番の弊害は、この学校までの長い道すがら俺から塩分と水分を容赦なく、奪ってくれてはいるが。けっ、そんなもの欲しけりゃくれてやるよ――何ぞで済まないことはこの身をもってして確認済みだ。 それでもまず、俺が何事も無くこの坂道を登っていることはもっけの幸いだ。もしもう一人の自分がこの世界に現れでもしたら、それこそ阿鼻叫喚の渦だが、古泉からも昨夜我々四人の異時間同位体はこの世界にやってきてはいないようです。安心してくださって大丈夫でしょう、と電話があったため今のところ俺は安堵している。もれなく長門にも俺は電話をして、その真否を訊ねたのは言うまでも無いことだ。何でそんなに、異時間同位体が重要なのかというと――ドッペルゲンガーなんかじゃないぞ――それは自然の摂理に反するからだそうだ、長門曰く。 未来の俺は俺と古泉に軽く別れを告げると、「ここから先は俺たちの役目だ」とだけ言って、朝比奈さん(大)とともに一足早くこの学校を去った。そういや、未来ではまだ異常事態は続いているのか。 あのあと俺たちは、それぞれ家へと帰ることにしたのだが、困ったことが一つあった。 朝比奈さん――もちろん今の――への対処だ。朝比奈さん(大)が現れてから消えるまでの間結構眠らされていたからな。それはそれで酷い話だ。 目を醒ましたあとは少し子供みたいに拗ねてしまいそうになったが、そこは古泉の出番である。何とか説き伏せてもらった。それはそれは見事なソフィストぶりに俺は舌を巻くばかりだったぜ。 だが何でそれでハルヒも朝比奈さんも納得するんだ。何かこう、言葉では言い表せないがどこか腑に落ちないものはある。だが断言できるのはそれでも鶴屋さんを騙すことは不可能だろうということだ。まぁ、多分あの人なら周りの雰囲気に任せて、そういうことだったにょろ、何て言ってそうだが。 さてこの俺は今、二度目の七月八日を体験している。見事なまでに中身の無い谷口の初めてではない夢物語に俺も空虚な返事をしながら、学校に着いた俺は、それから少しばかり考えごとをしていた。 どうも昨日の晩からその空想が頭を離れず、暫くの間俺は寝る寸前まで思考の海でもがき続けていたのだ。 結局そのまま、何ら変わらぬハルヒと少し絡んでハルヒ曰く、間抜けな顔をしたままずっと一人で勝手に考え続けていた。 結局一人で溜め込むのは毒だと思ったが故に、聴きたくも無いだろうが聴いてくれまいか。 「いえ、何か不明瞭なことがあるのでしたら、喜んで拝聴しますよ」 古泉はいつになく揉み手で俺を迎えた。そういや、俺から古泉に訊ねたことなんてあっただろうか。 お前だったら、漏れなく要らん話まで添えるだろうが、別にいいか。 どうしてか分からないが今はそれが欲しいような気がしている。 まず俺は切り出した。 「まずだ、過去は一つだが未来は一つではないっていう意味は分かった。つまりだな、時間遡行するときは目指す時間は一つしかないが、逆に進むときはその目指す時間というのは幾つにも増える、と言うことじゃないのか」 「ええ、僕もそのように考えていますが。もちろんそれだけではありませんが……何かご不満な点でも?」 「まぁ、待ってくれ。とりあえずそれは置いておいて、先に進める」 俺は古泉を真っ直ぐ捉えたまま、一度唇を湿らせた。 「俺たちが……前まで居たあの世界は一体どうなったんだ?」 古泉が片眉を上げる。 「おっと、確かに話が跳んだ感じはありますが……答えましょう。僕の推測でしかありませんが、一つあり得る考えがあります。それはあのままあの世界は一度破滅したあと、再構築されて再び進んで行く、というものです。多分、長門さんや朝比奈さん側も僕と似たようなことを少し言葉を変えて考えておられるでしょう。涼宮さんが我々の存在をそれでも必要としてくれるのであれば、可能性として新しい世界で我々が再構築されている可能性もゼロではありません。涼宮さんの最大の発動力が解らないので確信は持てませんが、時空間が丸ごと消滅した可能性もあります。貴方が前言っておられたように、それこそ今の僕たちが知る物理法則が悉く捻じ曲がっている世界になっているかもしれません」 古泉は至って真顔でそう答えた。おいおい、何でもありかハルヒの野郎は。全く俺はとんでもない奴と関わっているようだ。俺は大きく息を吐き出した。 「他にも何かおありで?」 「次にだ。思い込みかもしれないが、どうやら未来の俺も俺たちと同じ体験をしている節がある」 「そのようですね」 「つまり、俺たちより以前の俺たちもあの同じ道を辿っている。だったら何故俺たちの世界は救われていなかった? それ以降の過去は変化された過程に随って変わって行くんじゃなかったのか? それにだ。過去に戻るんだったら、俺たちは自分たちの世界を変えたんじゃないのか。何で俺たちは変わらない。存在が消える可能性だってゼロじゃないだろう?」 「……順を追って説明していきましょうか。まず最初に問題となるのは貴方の質問の後半部分です。確かにそれは『過去は一つだが未来は一つではない』に反しているようかのように見えなくもないですが、決してそうではありません。まず我々は一度過去に行っています。その時点では確かにその過去は僕たちの過去そのものだったのです。ですが二度目に遡行して長門さんが彼の動きを封じた瞬間、我々のものとは違う時間が進みだしたんです。時空間が分岐した、朝比奈さんたちが望む未来へと繋がる時間です。簡単に言えば並行世界の理念ですよ、厳密には異なりますが。多分、勘違いをなさっているのでは? 最初に僕は言っていますよ。あの世界は進んで行くでしょうと」 ようはそれが時間の上書きってことか。そういや言っていたような気もする。俺は、冬の終わりに古泉の言った『二つの十二月十八日』のことを思い出した。 「しかし、前半のほうの質問は重要です。確かに彼は僕たちと同じことをしています。ですが我々の世界は救われていないというのは見当違いです」 もっと、オブラートに包んだ言い方は無いのかね。俺は机に片肘をつけながら顔に綺麗なコントラストを浮かべている古泉の顔を見た。 「すいませんでした、慎みましょう。よいですか、救われた世界というのは救われることの無い世界の人々が――重要ですよ?――創り出した世界なんです。言い変えると、破滅の『危機』という規定事項を迎えた世界の人々が創り出すあくまでも副産物の世界、なんです。そして同時にそれは我々改変者の住む世界になります。 全ての我々は破滅の危機を体験します。あの七月七日に『破滅の危機を体験しなかった』という体験を持つ我々は理論上生まれます。ですが実際にリアルタイムでそのような体験をした我々はいません。僕たちはもう一つの我々を時間移動させましたよね。彼らは朝比奈さんたちが見れば確かに別の時間平面に生きる人々なんですが、我々からすれば実はただの理論上の人々、机上の空論の辻褄合わせでしかないんです。すいません僕の説明力と語彙力が及びません。これ以上の説明は難しいです」 そこまで言って古泉は一息入れるように机にあったお茶を呑んだ。それも見る分にはもう冷めていた。俺にはない。 まぁ、何となくだが分かった気はするぜ。ようはだ、俺たちは必ず破滅の危機を迎えるってことだろう。七月七日に『ジョン・スミスの来訪』がなかった俺たちって言うのは理論上は存在するが、そういった体験は絶対しない。――これで、合っているのか? あぁ、言ってるそばからこんがらがって来るぜ。 付け加えると朝比奈さん(大)はあいつらをもと居た俺たちとして勘違いしていたってことだろうか。 「ええ、その可能性も彼女の口振りからすれば大いにありえます。ですがやはりこれは全て既定事項なんです。そして同時に涼宮さんの能力にとても近似していることでもあります。僕たちにとってこの世界は、七月七日のあの時刻までの記録と記憶、歴史を持たされて創り出されたということに変わりはないんです。言ったでしょう、世界は五分前に創られたのかもしれない」 そうか、十二月十八日の改変は宇宙人がハルヒの力を使い、今回の七月七日の改変は未来人がハルヒの力を使った、とも言えるのか。 「あぁ、何でこのようなパラドックスが生まれるか分かりますか?」 「俺に分かるわけがないだろう」 「……そうですね。では答えを言いましょう。……それは世界を変えたのがその時空間の人々じゃなく、別の時空、時間から来た人々だからです」 「……おい、それって」 「この話はここまでです。これ以上は僕にも流石に見当がつきません。他にありませんか?」 直接介入――? 俺は少しの間、絶句していたがこれで質問は終わっちゃいねえ。 「待てよ、これは規定事項だったってことだ。だったら朝比奈さんはやっぱり嘘をついていたのか?」 俺の質問に古泉は少し考えた様子だった。 「さぁ、どうでしょうか。朝比奈さんには嘘を吐かれてはいないでしょうが、やはり未来人には騙されたかもしれません。どちらの朝比奈さんも上層部からは何も教えてもらえていなかった、とか。何故そうされたかは僕たちにはそれこそ永遠に秘密なんでしょうが。もしかすると情報統合思念体と天蓋領域は全てを知っていたかもしれませんね。彼らは次元を超えて時空間を感知できるという話ですから。確信を持って言えるのは、我々は未来の貴方と朝比奈さんが体験した何らかの出来事を同じく体験するということでしょう。全てのオチはそこで明かされるのだと僕は信じています」 オチ、ねぇ――。分かりやすいものだったらいいが。解釈の違いで幾通りにも答えが増えるなんてのは御免だぜ。 ちらと時計を見た。実はこう話をしたいがために、今日は早く部室に来ている。 「なぁ、古泉」 「はい」 「ちょっと考えたんだけど聞いてくれるか? と、言うよりかはこれを確かめたくて古泉に訊ねるんだが」 「構いませんよ」古泉はゲーム盤の上に伸ばそうとしていた手を引っ込めて、もう片方の手と絡み合わせた。 まだ、ハルヒは来ない。 「過去は一つだが未来は一つではない。俺は今回それの深読みをやってみた。そのためのいくつかを今ここで確かめさせてもらった」 古泉は俺が喋りを止めても、口を挟まず黙って微笑みながら俺を見ていた。 「いきなり結論から言う。……正しい規定事項って言うのは、絶対に一つしかない。――以上だ」 「どうして……そう、思われたのですか?」 「……ちょっと長いぜ。……まずだ、過去は一つ、つまり一つの未来に辿り着く過去は同じく一つしかない。これは当然だが。そこでその一つの時間軸のなかで人は様々な経験をする。そのどれかを未来人の呼ぶ既定事項としてみる。未来は選択によって変わる。そのときにその規定事項の選択肢――仮にイエスかノーにしておく――のどっちを選ぶかで結末が大きく変わってしまうことになるとしよう」 随分と、仮定の多い説明だな我ながら。 「けどそこで、どっちを選んだとしてもそれは正しい規定事項になるんだ。違う答えを選んで、仮に未来が分岐してもその未来からすればそれが唯一の過去であり、必然ともいえるからだ。けどそれをどうやっても知る方法は俺たちにはない。だってそれしかないんだから。だから、過去は一つ、そのなかで起きる規定事項の答えは絶対に一つしかない。何故ならどっちをとってもその答えは過去のなかで一つでしかないから」 「つまり、貴方が仰りたいのは、全ての出来事は必然的で運命的でもあると?」 「さぁな。俺は運命なんてのは信じないクチだ。俺だったら、だから俺たちは自分たちの行動に必ず自信を持ち、その責任を持てって言う」 突然、古泉が手を叩いた。 「素晴らしい、とても素晴らしいですよ。まさしくそれが結論として最も相応しいでしょう。やはり、僕は貴方をとても頼もしく思いますよ」 少しばかりの沈黙が部室内を制した。 俺は古泉を見つめ、古泉が俺を見つめ返す。ふと脳裏で閃いた。 「あぁ、それと」 「古泉君とキョン、いる!?」 豪快に部室の扉が壁に叩きつけられる音がして、時の人、涼宮ハルヒの雄叫びが俺の言葉を遮った。腰に手を当て仁王立ちしているハルヒの後ろには朝比奈さんと長門が、城から脱走するやんちゃな姫に無理やり連れ出された侍従のようについていた。だから、朝比奈さんがいなかったのか――ってことは。 「ハルヒ。お前また何か面倒なことを思いついたな。断言してやろう」 俺の視界の後ろで古泉が手を上げて首を竦めるポーズを取った。 「はぁ? 面倒なことって何よ。あたしがいつ迷惑なことをしたって言うわけ?」 「そうだな……エブリシング、エブリタイムとでも言っておくか」 「この、団員の分際で! しかもぜっんぜん発音がなってないじゃない! ちゃんとEverything、Everytimeって言いなさい? 高校生でしょ?」 俺が言い返さず鼻息一つ視線をそらしたのを降伏宣言と受け取ったらしく、ハルヒは悠々と団長席へと凱旋して行った。はいはい、俺は勝てませんよ。 そしてこちらを振り向いたその瞳は案の定の輝きを放っていた。 「それでは今から会議を始めます! 議題は夏休みの活動について――」 ハルヒの堂々たる迷惑宣言を片肘で聞きながら、実を言うと俺にはもう一つ謎があった。それを思い出し、古泉に問おうとしたときハルヒが来てしまったため、訊けなくなってしまったんだが――やはりやめておこうかと思う。 一つの時空を跨いでも揺らがない、ハルヒのあの笑顔がその理由だ。今はそれだけでいいじゃないか。 彼、『ジョン・スミス』がもう一度ハルヒの前に現れることはまだまだ先の話になるだろうなと俺は確信していた。 未来の俺よ。真実が明かされるときは必ずや訪れるんだろう? それまで、答えは保留ってことで手を打ってやってもいいぜ。 そうだ。どうせなら、今からでも来年の願いごとを考えておくか。
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その2 俺とハルヒの前に姿を現したのは佐々木だった ニッコリ微笑みながら、静かに歩いてきた おい佐々木 お前がこの閉鎖空間を作り出したのか? 「僕は閉鎖空間とは呼ばないがね。君がそう呼びたいのなら否定するつもりはない」 お前が作った閉鎖空間の中にどうやって自分が入れるんだ? 「はっはっはっ キョン、君は何でも自分を中心に考えてはだめだよ 僕もあれからいろいろ話を聞いて、それなりに勉強したんだ 君たちの事も、僕の事も、そして橘さんや藤原さん、周防さんの事もな 僕と涼宮さんがあそこから飛ばされたのにもきっと理由があると思う 涼宮さんをあの中に入れない方がいいのなら、それができるのはおそらく僕だけだろうからね」 俺は無意識にハルヒをかばうように立っていたが、俺の腕のすり抜けてハルヒがわめいた 「ちょっとあんた、これはいったい何よ? あんたの仕業だって言うの?」 「涼宮さん、私はあなたに何も恨みはないの でもね、あなたのただ一つの欠点は自分が何も分かってないという事なのよ キョンや他の人たちに守られているだけでは何も生み出せない 何も作り出せない ただ破壊するだけの空間なんて私には理解できない」 「何を言ってんのよあんた いいからあたしとキョンを有希の所に連れていきなさい、今すぐに!」 「そう願うならご自分で行けば?できるものならね」 「ちょっとキョン!説明しなさい!」 だから俺に話を振るなよハルヒ えーっとこんな時、古泉ならどう説明するだろう いや長門でもいいか ダメだ長門の話は電波話にしか聞こえないし朝比奈さんなら・・・禁則事項か 「じゃあ僕から説明しようか?キョン 涼宮さん、あなたは自分の力について何も理解していない 自覚していない所でさまざまな現象を発生させる」 「はぁ???」 「あなたはとても面白い人。才能もあるし、きれいだし でもね、あなたにその力は荷が重すぎる。だから私に白羽の矢が立った」 おい佐々木 それ以上言うな 「だってキョン その通りじゃないか だから君や仲間たちがひどい目に会ってきたんだろ 君だってそう思っているはずだ 涼宮さんが普通の女の子に戻ってくれたらって それで僕が選ばれたんだ 僕も正直迷惑を隠せない気持ちだけど、涼宮さんを見ているとやっぱりそう思うね」 佐々木、もう黙れ ハルヒにそれ以上わけの分からん事を吹き込むんじゃねえ 「涼宮さんには荷が重すぎるから その重い荷物を全て僕たちが引き受けようとしてるんだ 君にとっても悪い取引じゃないと思うのだが」 荷が重い?迷惑だ? いったい誰がそんな事を言ってるんだよ 誰もそんな事は一言も言ってねえぞ いい加減な事を言うんじゃねえよ ハルヒは俺たちのリーダーだ SOS団の団長だ そして俺たちは仲間なんだよ かけがえのない仲間なんだ 俺たちの仲間に傷一つつけてみろ 俺はお前を絶対に許さないぞ 「ほう、キョンがかい 君も変わったものだな ずっと平凡に人生を送りたいって 中学の頃からそうぼやいていたのに ただの思いつきで君たちを引っ張り回す変人が 君にとっての大事な仲間なのかい?」 佐々木 お前は何も知らない 高校に入ってからの俺を知らない SOS団で楽しく遊んでいる俺を知らない そしてお前は ハルヒの事を何も知っていない もうそれ以上言うな 俺がお前をブン殴らないうちに さっさと俺とハルヒを長門の部屋に送り込め 「それは僕にはできない相談だね マンションをシールドしているのは僕の力じゃない 行きたかったら自力で行く事だね そこまでは僕も止めはしないよ」 「キョン、何なのよこの女は 全然意味分からないわ さっきからいったい何言ってんのよあんたたち 私がバカだって言いたいの?」 ハルヒよく聞け お前の力で長門を助けに行こう お前ならそれができる 俺とお前を長門の所まで連れて行ってくれ 頼むハルヒ 「?????」 「ふふふ はたしてあなたにそれができるかしらね 破壊しかできないあなたに 人を助ける事ができるのかしら」 黙れ佐々木、あと5分だけ黙ってろ おいハルヒ この1年で何かに気付いたことはないのか? 「1年で?」 ああ SOS団を作ってからいろんな事があっただろ お前の知らない所で起こったことが多かったけどな お前にも薄々気付いた事ぐらいあるだろ 「え・・・?」 お前は長門が普通の女子だと思っているのか? 古泉はただの転校生だと思ってるのか? 朝比奈さんは・・・ちょっと分かりづらいけど、お前にだって何か気付いたことがあるだろ? 「キョン・・・」 思い出せハルヒ 俺たちの事だ SOS団全員で作ってきた歴史だ 楽しい事や、不思議な事がいっぱいあっただろ それは偶然起こった事だと思うのか? 宇宙人や未来人、超能力者が本当はいないと思ってるのか? 「・・・・・・」 ハルヒの瞳が不思議な輝きを放ってくる ここか? ここでいいのか古泉? 今ここで使ってもいいのか? 「キョン」 何だハルヒ? 「1つだけ教えて」 ああいいとも 「あんたの本当の名前は何?」 名前? 「そう、キョンの他にもあるでしょう? あんたの名前が」 あああるともハルヒ 俺の名前がもう一つな お前が中学生の時に聞いたはずの名前がな 「ある・・・のね・・・やっぱり」 ああそうだよ あの時に名乗った名前だ 「キョン・・・」 もうどうにでもなれと思った このくそったれな状況を脱するために 今ここで使うしかないと思った 言うぞ ついに ハルヒ 俺の名前は・・・・・・ ついにその時が来たのか 俺の持っている切り札 世界がとんでもなくややこしい事態になってしまった時のために 俺がずっと隠してきた切り札をついに使う時が来たのか 分断されているSOS団を救うために 今ここで使ってもいいよな古泉よ ハルヒ 俺の名前はな 「あんたの名前は」 一緒に言うぞ 「いいわよ」 グオオオオオオオオオオと激しい地鳴りが響いた 巻き起こった突風に俺とハルヒは吹き飛ばされそうになるが 必死で足を踏ん張って立った ハルヒの目を見つめたまま、ハルヒも俺を見つめたままで 俺は禁断の6文字を言おうとした 「・・・・・・」 「・・・・・・」 あれ? 何だ? 声が・・・ 出ない・・・・・・ 振り向くと佐々木はまだ立っていた 俺とハルヒのパントマイムを楽しそうに眺めていた すさまじい旋風は収まろうとしない あああとしか声が出ない俺もハルヒも、その風のうなりに飲み込まれそうになっていた 佐々木 声を出なくしちまいやがったのか? 「それは分からない さっき言った通りだよ もう少し時間を稼ぎたい だからこうやっている」 ハルヒ 何とかしてくれ もう分かってるだろ 声に出さなくても 俺の正体を 中学1年の時に東中の校庭にあの奇妙キテレツな地上絵を描いた時の事を あの時にお前を手伝った哀れな高校生を 「・・・・・・」 ハルヒも懸命に口をパクパクさせているが もちろん声は出ていない 俺の顔に恐怖が走る 今まで一度も見た事がなかったハルヒの表情 自己中心で傍若無人な爆弾女 このいつ発火するかも分からないとんでもない時限爆弾が なぜか自己消火しようとしていた ハルヒは今 明らかにおびえた表情をしている 今にも泣き出しそうになり 俺のシャツの袖を掴んでいる こんなハルヒは初めてだ あまりの急速な展開と自分の無力さにおびえているのか 鶴屋さんと森さんにかけられた言葉が再び蘇る ハルヒはこう見えても神経の細い女なんだ ハルヒはいつもみんなに気を使っているんだ この女を知る人間が聞いたら腹を抱えて笑うようなセリフだが 今目の前にいるハルヒは明らかにその通りだった どうするんだよ俺 考えろ、考えろ どうすればハルヒに思い出させることができるのか いやもうとっくに思い出してるはずだ 後は何をすればいい? 何をすればハルヒが怒れる獅子に変身できるんだ? ええい もうこうなればあれしかないのか? 1年前にハルヒに巻き込まれた閉鎖空間を思い出した 大人の朝比奈さんに言われた言葉 パソコンのか細い糸で長門に教わった言葉 もう一度あれをやればいいのか? 「キョン 君はそれでいいのか?」 後ろから佐々木の声が聞こえる 「君はそれで満足するのか? そんな目的のためだけに 自分を犠牲にするつもりなのか?」 犠牲? 犠牲だって? 俺は佐々木を振り返った 面白そうに眺める佐々木の目を 穴が開けとばかりに睨みつけた 佐々木は動じる事もなく話し続けた 「彼女のお守りをして これからもずっと振り回されて 危険が迫るたびにそうするのか? それじゃ君の気持はどうなるんだ? 一生そんな事を続けるつもりなのか?」 佐々木 やっぱりお前は何も分かっちゃいない 俺の事を何も理解していない 自分を犠牲にしてハルヒの面倒をみるって? バカ言ってんじゃねーよ お前は確かに頭のいいヤツだよ よく考えてると思うよ ハルヒの行動パターンも俺の事も よく研究したもんだよ けどな佐々木 お前が1つだけ見落とした事があるぞ 俺も成長してるって事だよ この1年で大きく変わったよ俺は 俺が変わったことはたくさんあるけどな その1つがこれだ 俺はいやいややってるんじゃない 自分がしたいからするんだよ 俺はハルヒと キスしたいからするんだ 口をパクパクさせてもがくハルヒにそっと顔を近づけた ギョッとした目で俺を見上げていたハルヒは 俺の行動を理解したのか そっと目を閉じた 俺は 自分の意志で ハルヒにキスをした 時間が止まった 吹きすさぶ風の音も聞こえなくなった 佐々木が何かを叫んでいたが その声すら耳に入らなくなった ハルヒの体から力が抜け そして・・・・・・ (同じ時間に、別の次元で) 新しい登場人物を見て 古泉と朝比奈さんは腰を抜かしそうに驚いていた 「ごめんなさーい こんなに早く来るつもりはなかったんですけどー あちらの皆さんがちょっとお急ぎだったみたいなんで そろそろ始めさせていただきまーす」 「あなたは・・・・・・?」 「はい先輩、その節はどうも」 「あわわわわ・・・」 「先輩にもお茶をご馳走になって、ありがとうございます 本当はちゃんとSOS団に入って たくさん冒険したかったんですけど・・・」 「ちょっとあんた、こないだの新入生じゃないの」 「はい!涼宮先輩! だけどちょっと待ってて下さいね、場所を変えますから」 その北高の新入生はニッコリ笑って 手にした小さな金属の棒を振った 幾何学模様の入った細い棒がキラリと輝き ハルヒと佐々木の姿がポンと消えた 「何をしたんですか?」 「ご心配なく、後でまた来られると思います でもまだ主役の登場には早いので 先にみんなで行くことにします」 「あなたはいったい?」 古泉の質問には答えず、新入生は再びオーパーツを振った 今度は空間がグニャリとねじれ、全員の姿が消えた 「く・・・・・・・」 ズキズキするこめかみをさすりながら古泉が起き上がった そして周囲の景色を見てギョッとした 周りは一面の宇宙空間で、真っ黒な地面がはるか先まで広がっていた 星空以外に何のディテールも見分けられない ただの真っ黒な平面だった そこには全員がいるようだった ピクリとも動かない長門の側には朝比奈さんが横たわり 少し距離を置いて橘京子、藤原、そして周防九曜がいた 全員が気を失っているのか、黒い地面に突っ伏していた 立っているのはただ1人、まだ名前も覚えていない新入生1人だった 素早く意識を取り戻した古泉が詰問した 「まずはあなたの事を聞かせてもらいましょうか」 「ふふふ先輩、さすがですね こんな時にも理性的です」 「質問に答えて下さい」 「ここは皆さんの地球とは別の世界です そしてご覧の通り、何もありません」 「別の惑星という事ですか?」 「別という表現がふさわしいのかは分かりません でも地球から宇宙船に乗ってもたどり着けない場所です」 古泉は長門をチラリと見た 長門ならもう少し詳しく解析してくれるかもしれないが 長門はまだ気を失ったままだった 「銀河系の1惑星ではないと?」 「たぶんそうです。どう説明したらいいのか分かりませんけど」 「まさか、異世界だとか」 「言葉の意味ではそれが一番近いですね とにかく、普通の手段では行き来する事はできません」 「僕たちをここに引き込んだ理由は?」 「それは皆さんが目を覚まされてからご説明します」 「長門さんと朝比奈さんの様子を見ても構いませんか?」 「もちろんです、早く起こしてあげて下さい」 古泉は素早く移動して朝比奈さんを揺り起こした 朝比奈さんはすぐに目を覚まし、置かれている状況を見て予想通りの悲鳴を上げた 「ひゃぁぁぁこっこここここどこなんですかぁーっ?」 「落ち着いて下さい朝比奈さん、僕にもまだ分かりません とにかく落ち着きましょう」 「ふわぁぁぁ」 「長門さんはどうですか?」 長門はずっと変わらない姿勢で眠っている 布団はもうなかったが、几帳面に制服姿だった その格好のままで寝ていたのか さすがに靴は履いていないが、靴下はちゃんと履いていた 古泉が揺り動かしても全く動かない その体はまだ熱く、呼吸も浅く小さかった 「長門さん・・・さっきと変わりませんね」 ようやく落ち着き始めた朝比奈さんがつぶやく 「涼宮さんもいなくなってしまいましたし、これは厄介です」 その頃には敵の集団も目を覚ましており、頭を振りながら起き上ってきた 周防九曜は起き上がるなり長門にひたと視線を向けている 何か呪詛でもしているように、人差し指を小さく振っている 古泉がさりげなく長門をかばうように立ち、新入生に目を向けた 「1人を除いて全員目を覚ましました」 「はい、それでは説明させていただきます ここは地球がある銀河系とはまた別の空間にある世界です 詳しい事は分かりません 異次元とか異世界とか、たぶんそういう世界だと思います そしてここは私の生まれた世界です」 「あなたの世界?」 「はいそうです ここには私1人しかいません そしてご覧の通り、ここは死に絶えた世界です 原因は分かりませんが、植物も生えず、何の生命もない世界です 生命どころか、それを誕生させるエネルギーすらない世界なのです 私はここで1人で生まれ、1人で暮らしてきました」 「ちょっと待って下さい 生命のない世界でどうしてあなたが生まれたんですか?」 「それは私にも分かりません ただ、生命をはぐくむエネルギーが枯渇したのは たぶんそんなに昔ではないと思うんです 私は最後の生き残りなんじゃないのかなって」 「それと僕たちが集められた事との関係は?」 「もう少し聞いて下さいね 私が生まれた時に、側にこの棒が転がっていたんです」 「そのオーパーツですか?」 「オーパーツって言うんですかこれ? 名前なんかつけたことなかったんですけど 一人ぼっちで生まれた私にこの棒がいろいろ教えてくれました 成長するのに必要なエネルギーも与えてくれました そして、別の世界には豊富なエネルギーがあるという事も教わりました 皆さんに集まってもらったのは、そのエネルギーを分けてもらいたいからなのです」 「分かりませんね」 「でしょうね先輩 だって私にも何も分かってないんですから この棒に指示されて 私は別世界への旅に出かけました そうするより他に方法はなかったのです ここにいつまでいても一人ぼっちだし そして長い旅の後に、あの地球に到達したんです」 「どうして地球に?」 「それも分かりません この棒の指示通りに進んでいくと地球に着いたのです ただ・・・地球に着くとこの棒は消えていて 私は何も覚えていませんでした 何の記憶もないままに、私はただこの棒を探しました この棒を探す事だけが記憶に残っていたのです」 「北高に入ったのはそれを見つけてから?それとも記憶が戻ったから?」 「棒を見つけたのはつい最近です 北高の近くにあることが分かったので、私は北高に入学しました いろいろ情報を操作するのは大変でしたけど、何とか合格して、腰を据えて探そうと思ったのです そしてSOS団の事を知りました とっても面白いグループだって聞いて、しかも部員を募集するって言うから さっそく入部希望しました 今さらこんなこと言うのも変ですけど、本当に入部したかったんです だけど・・・そちらの皆さんが動くのが早すぎて、遊んでられる状況じゃなくなってきたんで、それで申し訳ないんですけど、大きなお屋敷に忍び込んでこの棒を取り戻し、あのマンションに行ったってわけです」 「あっ・・・あのっ・・・キョンくんと離れちゃったのもあなたの操作ですか?」 「キョン先輩って、あの面白い方ですよね うふふふ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくって キョン先輩の事は私は知りません ここにおられないんであれって思ったんですけど」 「そろそろいいでしょう、ここに連れてきた目的を教えて下さい」 「それはそこの先輩次第です」 新入生が声をかけた瞬間、周防九曜がビクリと動いた 「・・・・・・ここは・・・楽しい空間・・・・・・心が・・・躍る・・・」 周防九曜はそうつぶやいて、長門に歩み寄った 「待って下さい、長門さんは意識不明です 彼女を回復する方法はありませんか?」 「・・・・・・あなたの・・・瞳も・・・きれいね・・・・・・」 周防九曜の指先がぼんやり光り、1本の光の矢が長門に向かって走った 古泉が素早く回り込んでその矢を叩き落とした 「ん・・・これは?」 古泉の体が赤く輝き始め、閉鎖空間にいるような球体に変化した 「ふえぇぇぇー、古泉くぅーん」 「ここでは僕の力が有効に使えるようですね」 赤い光球と化した古泉は、地面からフワリと浮かび上がった 「それでは説明になっていませんね周防さん 挨拶もなしでいきなり攻撃ですか?」 「・・・・・・ここで戦えば・・・この世界は生まれ変わる」 「それはどういう意味なのでしょうか?」 「ごめんなさい古泉先輩 つまり皆さんにここで戦ってもらい、そこで生じる膨大な生命エネルギーを少し分けていただきたいのです もちろんそれによって皆さんの戦いに影響はないと思います 私は余剰エネルギーをいただくだけですから」 「つまり、ここで僕たちを意味なく戦わせて生体エネルギーを放射させ、それをそのオーパーツが吸収してこの世界を再生するとでも?」 「ごめんなさい、私にちゃんと説明できる知識はないんです ただ、佐々木さんのチームが皆さんと戦うという話を聞いたので、それならぜひここを使って下さいと申し上げただけなんです」 「それでははっきり申し上げましょう 我々SOS団は戦いなど望みません こんな事をしても無駄です」 一瞬殺意を盛り上げた古泉だったが、すぐに冷静になり元の姿に戻った 「ケンカはダメですぅ!危ないですぅ それに・・・それに・・・涼宮さんもキョンくんもいないし 長門さんがこんな状況では戦えません」 「朝比奈さんのおっしゃる通りです 我々には戦う意志も戦力もありません あなたには申し訳ないのですが、こんな事を受けるわけにはいきませんね」 「・・・・・・うるさい・・・・・・口が多すぎる・・・」 周防九曜が再び攻撃を仕掛けた 人差し指から数本の小さな矢が飛び出し、長門に命中する寸前に古泉が叩き落とした 「待って下さい、戦うつもりはありません」 「こここ古泉くん、もはや話しても無駄、かもしれませんね」 「朝比奈さん?」 「古泉くんは長門さんを守って下さい 私も・・・・・・戦いますっ」 朝比奈さんの声に反応して、今まで黙っていた2人も前に出てきた 「ふっ、やっと俺の出番か」 そう言ったのは藤原だった 「わ、わ、わ、あんまり近づかないでくださぁい!」 「あんたにどれほどの事ができるのか、見せてもらうとするか」 「朝比奈さん!」 「おっと、あなたの相手はここにもいるのよ」 「橘京子・・・」 「キョンくんだけを別行動させたのは私たちの作戦よ 今ごろ彼は私たちの組織に捕らえられてるわ」 「何ですって?」 「涼宮さんは佐々木さんが抑えているはず まあ抑えるほどの事もないでしょうけどね 長門さんは周防さんが封印しているし、さあどう戦うつもりかしら?」 「ですから僕は戦いませ・・・」 橘京子の全身がぼんやり青く輝き始め、いくつかの光点に分かれて宙に浮いた 古泉も赤い光球に変わり、橘京子とにらみ合った 「ほら、早く攻撃してみろ」 「うわっ、こ、こ、こ、来ないで下さーい!」 「朝比奈さん!」 「・・・・・・・べらべらしゃべる男は・・・美しくない」 周防九曜の攻撃が古泉に集中し、危うくかわしたその横から小さく分裂した橘京子の光球が襲いかかる 藤原はめんどくさそうに朝比奈さんの目の前に立ちはだかっている おびえる朝比奈さんの姿がチカチカと点滅し、やがて空間から消滅した 「朝比奈さん!」 朝比奈さんはしばらく消えていたが、すぐにまた姿を現した 「あれ?」 「どうしましたか?」 「禁則が・・・・・・消えました」 「と言うと?」 「TPDDの使用制限が消えちゃいましたぁ・・・」 「それは、ここが異世界だからでしょう 未来からの干渉がなくなったのではないですか?それと、TPDDはまだ使えますか?」 「はい・・・ちゃんとスイッチは入っています」 「それはよかった。朝比奈さん、あなたのその力で僕たちを守って下さい」 「わ、わ、わ、分かりましたぁっ!」 朝比奈さんはこめかみに指を当てて、小声でボソボソとつぶやいた 周防九曜の攻撃が動かない長門を襲ってくる 古泉が急いで防御するが間に合わない 小さな数本の光の矢が長門に命中する寸前、長門の姿がパッと消え、数秒後にまた姿を現した 光の矢はその間に空間を空しく貫いただけだ 「こここ、これでいいんですか?」 「さすがは朝比奈さんです、素晴らしい作戦です」 「・・・・・・それは何?・・・・・・認められない・・・・・・」 周防九曜は今度は朝比奈さんに向けて矢を放つ 朝比奈さんの姿がパッと消えて、少し離れた場所にまた姿を現した 「すごい・・・TPDDにこんな使い方ができるなんて・・・」 「・・・・・・・気に入らない・・・・・・それは・・・美しくない・・・・・・」 周防九曜は狂ったように矢を発射させ続けた そのたびに古泉が防御に飛び回り、朝比奈さんは姿を消し続けた 「ふっ、面白くなってきたな」 藤原がやおら腰を上げると、手のひらを朝比奈さんに向けた 姿を消そうとしていた朝比奈さんがグラリとバランスを崩し、その胸に数本の矢が突き刺さろうとする その寸前に危うく古泉が飛び込んできた 「大丈夫ですか朝比奈さん?」 「ふえぇぇぇ、大丈夫ですぅ でもこれをずっと続けるんですか?」 「続けるしかないでしょう 長門さんが目覚めるまで、そして・・・・・・」 (またキョンの世界) 硬直するハルヒの唇に俺はキスをした ハルヒの体がぐったりと弛緩し、そしてガタガタと震え出した おいハルヒ 大丈夫か?どうしたんだ? 「ョン・・・・・・」 えっ? 「ジョン・・・・・・」 ああ 「ジョン・スミス」 ああ あれ? 声が出るぞ おいハルヒ!しっかりしろ! 「ジョン・・・・・・あんただったのね」 ああそうだ 俺がジョン・スミスだ 「やっと会えたんだ・・・ やっぱりあんただったのね」 気付いてたのか? 「ううん、何となくそんな気がしてただけ そうだったらいいのになって」 悪かったな こんなに報告が遅くなっちまって 「いいの・・・嬉しいから」 いいかハルヒ、よく聞け 俺は確かにジョン・スミスだ あの時東中に行って校庭にあの絵を描くのを手伝った それから背負ってたのは朝比奈さんだ 朝比奈さんが俺を3、いや4年前に連れてってくれたんだ 「みくるちゃんが?」 そうだ 朝比奈さんは未来から来た TPDDっていう装置を使って時間を自由に行き来できる ついでに言うとあの後『世界を救うためのどうたらこうたら』と言ったのも俺だ 「マジで?」 ああ まだあるぞ 実はあの時ちょっとした手違いがあって未来に帰れなくなった その時に俺たちを助けてくれたのが長門だ 「有希が?」 そうだ 長門の魔法みたいな力で3年間時間を止めてもらって 俺と朝比奈さんは現代に帰って来れたんだ 長門の不思議な力はお前も覚えがあるんじゃないか? あいつは宇宙人が作った俺たちとのコンタクト用インターフェイスだ 「コンタクト用?」 ああ ちょっと説明すると長くなるけどな この銀河系の真ん中で俺たちの事をずっと見ているような存在だ それから去年、お前と一緒に不思議な空間に閉じ込められた事があっただろ あの時に出てきた青い怪人だけどな あれが暴れ出すとこの世界がとんでもない事になっちまうから、退治するって言うか、あれを消すための組織がある 超能力者集団って言うのか、そのメンバーが古泉だ 「・・・・・・」 つまりだ 宇宙人も未来人も超能力者もみんなお前の側にいるってことだよ いつでもお前の側にいて、いつでも一緒に遊んでたじゃないか 呆然としていたハルヒの目がギラギラと輝いて来る もう少しだ 頑張れ俺! 俺はまたあいつらと一緒に遊びたいぞ 全員俺たちの大事な仲間だ だけどなハルヒ、俺が一番心配なのは お前の事だ お前がみんなの事を心配し過ぎてフラフラになってる所なんか見たくないんだよ お前はSOS団の団長だ いつも何でも好きな事をやればいい 後は俺たちがいくらでも後始末してやるから 「キョン・・・」 長門の事も古泉も朝比奈さんももちろん心配だけどな 今俺が見たいのは、お前の元気な姿なんだよ 俺が大好きな 涼宮ハルヒの突拍子もない姿なんだよ 頼む!ハルヒ! 長門を助けてくれ 朝比奈さんも古泉も 今ごろお前がいなくて不安なんだぞ さあ、早く行ってみんなを助けてやろうぜ 「キョン・・・」 目をらんらんと輝かせたハルヒの全身から不思議なオーラが広がりだし たちまちのうちに佐々木が作ったベージュの空間を吹き払った 「行くわよキョン」 ああいつでもいいぞハルヒ 「有希を助けにね!」 (同じ時間、別の世界で) 「古泉くぅーん・・・ちょっと厳しいですぅ」 「朝比奈さん、もう少し頑張りましょう! きっと涼宮さんが助けに来てくれるはずです」 「うぇーん、涼宮さーん・・・」 朝比奈さんは藤原の妨害を乗り越えながら古泉と長門を次々に時間移動で防御し、古泉は襲い来る周防九曜の矢から長門をガードしている そのすきをついて橘京子はひたすらゲリラ攻撃を続け、古泉一人では防げなくなってきていた 朝比奈さんが泣きながらハルヒの名を呼んだ瞬間に、長門の前にまばゆく白い光が輝いた 「あいやーっ!」 朝比奈さんが叫んで長門のもとに駆け寄ろうとしてつまずいて転んでしまうが その白い光の中から現れた人影を見て、朝比奈さんも古泉も驚きに目を丸くした 「うふっ、お久しぶり」 その人物は登場するが早いか、襲ってきた周防九曜の矢を握りつぶし、逆に周防めがけて撃ち返した 「あなたは・・・・・・」 「長門さんが危険だって聞いたから助けに来たの ごめんね遅くなっちゃって」 「朝倉さん・・・・・・」 「覚えててくれたのね、嬉しい!」 「・・・・・・お前は・・・・・・美しくない・・・・・・」 「あら、ご挨拶ね。せっかく1年ぶりに登場したっていうのに」 光の中から現れた朝倉涼子は、次々と襲い来る光の矢を素手で握りつぶしながら 分裂して攻撃してくる橘京子の赤い光をまるでハエでも叩いているかのように楽々と落としている 「朝倉さん、情報統合思念体に戻ったのではなかったのですか?」 「そうよ、向こうにいるのよ でも今のこの私はまたそれとは別の存在 私をここに呼んでくれたのはね、涼宮さんよ」 「涼宮さん?」 「そう、彼女ももうすぐここに来るわ もちろんキョンくんも一緒にね」 「本当ですか?」 「もう少しよ、今ごろはここへの抜け道を探しているはず。だからそれまで頑張るのよ」 「はい!」 古泉は久しぶりの笑顔を見せた かなりやつれた表情だが 朝倉涼子の登場と、ハルヒがもうそこまで来ているという情報に新たな力を得たように 朝比奈さんを助けて明るく輝き出した その光景を少し離れた所から見ている女子高生がいた 北高の制服を着た新入部員は、手に持ったオーパーツが輝きを増すのを嬉々として見つめていた 「うふふふふ やっぱりすごいエネルギーですね 地球を選んで正解だったかな? こんなにたくさんの異人種の戦いが見られるなんて」 (またもやキョンの世界) ついに覚醒した涼宮ハルヒ そのハルヒの目にもう涙はない キッとまっすぐ佐々木を睨みつけて 「もういいでしょうこれで 私は有希の所に行くから あんたも来るんでしょ? それとも何よ 部下を放っとくのがそっちのやり方なの?」 「いいえ。そうじゃないわ。私はあくまで時間稼ぎだから あなたがついに目覚めた以上は私もあちらに合流します では後ほど」 おい佐々木! 向こうでいったい何が起こってるんだよ 「それは自分の目で確かめてね」 チッ 佐々木のやつ、どうなっちまってるんだ まさかあいつらに言いくるめられて 本気で神様になろうなんて思ってるんじゃないだろうな ん?という事は 本気で戦うつもりなのか? 「ちょっとキョン」 あ?何だ 「これからどうやったらいいのよ?」 へ? 「あんたがジョン・スミスであたしに何かの力があるんでしょ? じゃあそれをどう使ったらいいのよ?」 ああそれか 何でもいいんだよ お前が心で思うだけでたいがいの事はかなうからな 映画撮った時の事を思い出せ 朝比奈さんの目からビームが飛び出したり、秋に桜が咲いたり あんまり思い出したくない過去だけどな、全部お前の力でやった事だ 「本当なの?」 ああそうですよ それがお前の力だ 「くっ・・・ 何でそれをもっと早く教えてくれなかったのよ!バカキョン! そんな楽しい事があるのなら、もっとやりたい事がいっぱいあったのに!」 だからお前には教えなかったんだよ お前が自覚して何か始めてしまったら、お釈迦様でもびっくりってもんだからな 「しないわよそんな事!ちゃんと地球の平和を祈ってるわよ!」 まあとにかく終わってから好きなだけ祈ってくれ まずは長門を助けるのが先だ とにかく長門の部屋に入るぞ 「だって、有希のマンションは消えてるじゃないの」 だからそれをお前が何とかするんだよ 「どうするって言うのよバカキョン!」 知らん。お前が考えろ そのバリヤーの向こうに長門の部屋があると思って押してみろ もしかしたらバリヤーがビリッと破れて そこには長門の寝室が 「あったわよキョン!早く入んなさい!」 って本当に押したんかい!マジかよこいつ ハルヒが両手をバリヤーにかけてメリメリと引き裂いたら そこに開いた空間から見慣れた長門の部屋につながっていた おいハルヒ 長門の部屋は7階のはずだぞ なんでこの1階から行けるんだよ 「あんたがそうしろって言ったからじゃないの!」 目を逆三角形に釣り上げるハルヒに引っ張られ、俺は開いた隙間から長門の部屋に侵入した ハルヒはズカズカと居間を通り抜け、和室の扉を開いた 「いないわよキョン!」 部屋の中央に布団が一組敷かれていたが長門の姿はない もちろん古泉と朝比奈さんもいない そして侵入してきた佐々木の仲間たちもいなかった 「どこに行ったのかしらね?」 さあどこだろう 次にハルヒに何をさせればいいのか 俺はもう一度居間に戻ってみた 北高の通学カバンがいくつか置かれていた おそらくハルヒ達のだろう あれ?そう言えば俺のカバンはどこに置いたっけか? きっと鶴屋さんの家に忘れてきたに違いない 「ちょっとキョン!」 ハルヒに呼ばれて部屋に入ると、ハルヒは1枚の大きな額の前に立っていた 「あんたこんなの見覚えある?」 その額には奇妙な絵が飾られていた 黒い画用紙の真ん中に、グラデーション模様のアメーバのような絵が1枚入っている 長門にこんな趣味があったのか? 「おっかしいわねー、さっき来た時はこんなのなかったような気がする」 おい 本当かハルヒ? 「はっきり覚えてないんだけど こんな気持ち悪い絵があったら絶対記憶してるはずよ」 という事はおいハルヒ 「何よ?」 いつぞやの事件を思い出せ 「事件?」 そうだ 去年の暮れの事件だ 雪山で遭難した時のあのお屋敷だ 「あっ!」 あれと同じだ もしかしたらこれは、長門が作ってくれた入口かもしれない あいつらがいるどこかにつながってるのかもしれないぞ 「そうね!思い出したわ!あのクイズみたいなのね」 そうだ どっかに方程式か何かのヒントが書いてないか? 2人でその額の周りを調べてみたが メッセージのようなものはなかった 長門の布団もひっくり返してみて、何か手紙でも出て来ないかと思ったのだが やはり何も出て来ない 和室を探索しているハルヒを置いて、俺は居間に戻った 何冊か置いてある本をパラパラとめくってみて栞などを探しているうちに ハルヒが大声を上げた 「キョン!キョン!あったわよ!」 急いで和室に戻ると、ハルヒは額の周囲を指差していた 「これよこれ!」 何だこれ? 黒い画用紙のような額の周囲の金属の縁には、小さな数字が無数に並んでいた 0から9までの数字がデタラメに書いてある 虫眼鏡が欲しくなるぐらいの細かい文字だった この数字の羅列に何か意味があるのか長門? しかしお前のヒントはいつもこんなのばっかりだよな オイラーの定理だとか何だとか 俺が数学苦手なのを分かってての事なのか? それとももしかするとこれもまた長門流のジョークなのか 細かい数字を読んでるだけで頭が痛くなってくる 「これはキョン用の問題ね」 何だよハルヒ お前まで俺をいじめるのかよ 「有希に感謝しなさいキョン!簡単な問題にしてくれてありがとうってね」 どこが簡単なんだよお前 俺にはまだ問題の意味すら理解できてないのに 「アホキョン!小学校で習ったでしょ! ゆとり教育でもこれぐらいは習ってるはずよ!」 俺はハルヒに首根っこを捕まえられて額の数字を口に出して読んだ 額には小さな菱形の模様が付けてあり、その一つ一つに数字が書いてある 286208998628034825342117067931415926535897932384626 43383279502884197169399375105820974944592307816406 数字はどんどん続いている 何だこれは ハルヒはニッコリ笑って俺を見ている 「この数字に見覚えあるでしょ?」 何かの乱数表か? 2つか3つ置きに飛ばして読んだらメッセージが浮かび上がるとか 「違うわよ!もっとちゃんと読みなさい!」 ハルヒ、もうダメだ こんな細かい数字をじっと見ていると眠くなってくる お前と算数クイズやってる場合じゃないんだから 「もう!バカねまったくあんたは あと10秒だけ時間をあげるから考えなさい」 うるさいハルヒ こんな数字で人間の一生が決まるわけないんだから 「有希の命がかかってるでしょう!」 それでも分からんものは分からん 俺は何とかの定理などはさっぱり理解できん それともこんなにたくさん数字が並んでいるのは円周率か何かか? 「ピンポーン!大正解っ!」 えっ 本当に正解なのか? 「そうよ、こんなの5秒で気付きなさいよキョンのくせに」 くせには余計だ それでこの円周率がどうしたっていうんだよ 「円周率の最初の数字は?」 3.14だから3だろ 「そう!普通数字はどっちから書く?」 どっからって左上からか? 「そういう事! この額の数字はバラバラだけど この314の所を左上に置き直すと・・・・・・」 ハルヒが額を回転させ、円周率の最初の314が左上に来るようにセットすると ブルンと音がして黒い画用紙が震えた 「ほらねキョン 頭は生きてるうちに使わないと毛が抜けちゃうのよ」 画用紙と思っていた黒い絵は、向きを変えた途端にプルプルと震え出し、まるで羊羹かコーヒーゼリーのような表面に変わっていた 「さあ行くわよキョン!」 ちょい待ちハルヒ! 行くってどこに行くんだ? 「決まってるじゃないの、ここに飛び込むのよ」 ちょ、ちょっと待て 確かにこの感じじゃ向こうに何かがありそうだけど 一応調べてみてからの方がいいんじゃないのか? 「そんな暇があるわけないでしょう! あんたがモタモタしてる間に有希に何かあったらどうすんのよっ! あたしは行くからね あんたは動物実験でも人体実験でも何でもやってから来なさい」 ハルヒは少し後ろに下がり、距離を計って助走しようとしている 待てハルヒさん 分かったよ俺も行きますから プルプルと震える額はかなり大きく、二人同時でも入れそうだった 俺とハルヒは部屋の反対側まで移動し、呼吸を合わせて助走した そして頭から飛び込んだ 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」 リンク名 その3に続く
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プロローグ Birthday 「はーい。どうぞー」 ドアを開けると、ちょこんとパイプ椅子に座ったメイドさんが笑顔で出迎えてくれた。先日会ったばかりなのに、ますますかわいく見える。久しぶりのメイド姿は俺を満足させるのに十分だった。 「お茶煎れますね」 カチューシャをちょいと直しながら立ち上がり、コンロに水を温めにいく。上履きをパタパタとして歩くのは未だ変わらないが、お茶を煎れる動作は滑らかで、一年という時間の経過を感じさせてくれる。 俺はいつもの席に座り、いそいそと嬉しそうにお茶を煎れる優美な御姿を眺め、一人悦に入っていた。 俺が朝比奈さんの殺人的なまでに愛らしい後ろ姿をぼんやりと眺めていると、 「こんにちは」 ドアの前で鞄を脇に抱えて立っているのは古泉だ。如才のない笑みと柔和な目はSOS団に入ってから全くといっていいほど変わっていない。どうしたらその顔をキープできるのかね、後でコツを聞いておくのも悪くないかもしれない。 「こんにちは」 朝比奈さんは古泉に向かって優しく挨拶を交わす。古泉は俺の向かいに座ると、 「涼宮さんはまだいらしてないようですね」 「なにか用事があるから先に行けだとよ」 そうですか気になりますね、と古泉。確かにこのパターンは何か厄介ごとを持ち込んでくる可能性が高いからな。何もないといいのだが。 それはそうと、部室の付属物となっている長門はテーブルの隅に座ってページを繰っていて、さしずめ春に咲いたコスモスといったところだ。すまん、正直俺も意味分からん。 今は四月の半ばで、低空飛行を続けていた俺の成績でもなんとか進級し、朝比奈さんを除く、SOS団のメンバーは全員二年生になった。ホワイトデーのお返しやら、春休みにはイベント満載だったが、進級してからというもの事件らしい事件は起きていない。こうやって、テンプレートでダルダルな謎の集団を演じているわけだ。 ハルヒが来るまで古泉と将棋をやって時間を潰すことにした。このハンサム面は大変アナログ好きである。事あるごとに俺に勝負を仕掛けてくるほど積極的なのだが、いかんせん弱かった。大局を見据えるという能力が欠如しているようで全く張り合いがないし、まあそれはそれで勝ち続けるのも気分が良かったりもするのだが、こいつの頭の良さからすると負けるのも胡散臭く映り、わざと負けているのではないかと気分を悪くしたりもした。俺は『穴熊』の戦法で駒を動かし、古泉は適当という感じで進行している。まあ、これは俺の勝ちだな。俺が盤上を睨み付けていると、 「早くおかないのですか」 「ああ、分かってるよ。だがな、一手一手対処してるようだと、一生勝てんぞ」 「全くです」 古泉はお決まりのニヤケハンサム面で肩をすくめる仕草をした。意味もなく似合っていて、意味もなく腹立たしい。 「どうも僕には大局を見る能力がないようですね」 古泉は自分の王将の位置を確認すると、苦笑いをした。 しばらくすると、朝比奈さんがとてとてとお茶を運んできてくれた。 「お茶です。どうぞ」 可憐な手つきで俺の前にお茶を置く。朝比奈さんが俺をその無垢な瞳でじっと見つめているのに気づくと、俺は慌ててお茶を飲み、 「おいしいですよ」 朝比奈さんはニコッと笑い、俺はニマッと笑った。このいじらしいほどの笑顔を抱きしめるのを何度我慢したことか。断じて抱きしめたことはないからな。 「古泉くんもどうぞ」 「ありがとうございます」 そして長門の前にも置く。うさぎのようだ、と形容するのが一番しっくり来る動作だ。もう一年も経つんだがな、未だ長門に俺には分からない恐怖を感じているようだ。当人は微動だにせず、俺が一生発しないだろう言葉が羅列された題名の本を読み耽っていた。手を動かすことがなかったら、生死の判断は危ぶまれるほど陶器と化していた。お前は本を読まなければ死ぬのか?いまさら反応されてもまた何か悪いことが起きるんじゃないかと邪推してしまうからこれはこれでいいんだが。 この緩やかなに流れる時間を俺は気に入っていた。暴走する団長様をめぐる不思議な冒険の間に存在するこんな時間がなければ、おそらく俺は一ヶ月と持たず入院することになるだろう。 奇特な方でもない限り、平和と平穏を望むだろうし、奇妙な事件や出来事は時々で十分だ。普通な時間、モラトリアムな時間を満喫するのが人間としてのあり方ってもんさ。 俺がこの部室に流れる柔らかな時間に頬を緩めていると、 そいつは壊れるほどの勢いでドアを開け、登場した。 バンッ、という音ともにその奇特で普通を望まない人は春だというのに夏のうるさい日差し並みに笑顔を輝かせて、完全にオープンしたドアの前で立っている。後ろには、やったわよ、みたいな顔をした鶴屋さんも付いてきていた。今度はなんだ。宇宙戦争がしたいとか言い出すなよ? 「朗報よ!」 お前の朗報とやらがSOS団、特に俺と朝比奈さんにとって朗らかな報告となったことなど一度もない。 「鶴屋さんが場所を提供してくれることになりました」 ハルヒは俺の意見を完全に無視した。もう分かっている。このSOS団にハルヒに意見をいうやつがいないということを。俺がハルヒのお守りを任せられているのはすでに細胞レベルまで刻み込まれているからな。遺伝子レベルまでいかないことを切に願う。 「なんのだ」 ハルヒはこれ以上できないであろう満面の笑みでこう宣言した。 「決まってるじゃない! お花見よ!」 いつ決まったんだ。俺は日本国憲法に照らし合わせてみたがそれらしい条文は見つからなかった。だが、ハルヒの言うことも分からんでもない。春にお花見をすることは特別変わってはいないし、ハルヒのイベントに対する目ざとい性格でなくても、まああるだろうなぐらいには予想していたさ。ハルヒにしてはまっとうなものを持ち込んできて、溜息をつく予定が大幅に狂ったが、朝比奈さんの手作り弁当にありつけるかもしれないんだから、歓迎しようじゃないか。よくやった、ハルヒ。 ハルヒは団長椅子にどかっと座ると、 「みくるちゃん、お茶」 「あ、みくるーっ、私もお茶頂戴っ」 「あっはいはいっ」 朝比奈さんはやかんのもとへパタパタと駆け寄る。急須を手にした朝比奈さんは団長専用の湯呑みと、すでに鶴屋さん専用となった客用湯呑みに注意深く煎茶を注ぐ。小間使いにされているのになんだか嬉しそうにしていた。 「どうぞ」 朝比奈さんが団長机にお茶を置こうとすると、ハルヒは湯呑みを奪い、ものの五秒で飲み終わらせた。お前はもっと味わって飲めないのかと考えていると、 「お花見については鶴屋さんが説明してくれます。あたしもまだ詳しくは聞いていないのよ」 ハルヒは言い終えると、鶴屋さんのほうを見た。合図だったのかは分からんが、鶴屋さんは座っていたパイプ椅子から立ち上がると、テーブルに手を置き説明を始めた。 「まかせてっ。えーっと、いつもは会社の人と行っていたんだけど、今年は中止になったから、それならハルにゃん達と行こうかなって思って。雪山も面白かったし、今度もどうかなって思ってさ。どうにょろ?」 「それはどこにあるんですか?」 俺はとりあえず尋ねる。 「電車で一時間ぐらいかな。ちょっと山奥に入った秘境みたいなところなんだけど、それだけの価値はあるさっ」 山奥、秘境?そんなハルヒが諸手を挙げて賛同するようなワードが列挙するような場所で花見を?近場じゃダメなのか?まあ、鶴屋さんが勧めるほどのところってことは価値のあるものだろうが。 「素晴らしいわ!」 ハルヒは目を輝かせながら言った。 「魔境なんてSOS団にぴったりの場所じゃない!」 ハルヒは秘境を魔境という存在しないものへとグレードアップさせた。こいつの頭には都合の良い事は誇張されるようにできているらしい。いまどき魔境なんかゲームの中か、胡散臭い祈祷師しか考え付かないだろうよ。この狭い島国のどこに魔境なんてあるのかね。あるのはハルヒの頭の中だけで十分だ。 「それじゃあ決定ね。キョンはビニールシートを持ってきて。大きいやつよ」 「ああ、分かった」 「やけに聞き分けがいいわね。気持ち悪い」 気持ち悪いは余計だろ、とは思ったが、今回は楽しめそうだからな。大目に見といてやるよ。 「ふん。まあいいわ、団長命令は絶対だもんね。キョンも分かってきたじゃない」 ハルヒは俺をじとっと卑下するように見ながら言う。その後ハルヒは各自に準備するものを言い付けると、今日はもう帰る、と言ってそそくさと部室をあとにした。 さて、お気づきの方もいるだろうが、種明かしでもしようか。今回のお花見は古泉主催のミステリツアーではなく、宇宙人的、未来人的でもない。ごく普通に企画されたサプライズイベントなのだ。いっとくが、鶴屋家の土地でやるのは本当だ。朝比奈さんのお弁当もな。それだけを楽しみに生きている俺もどうかと思うが。 「あれでよかったのかいっ?」 「ええ、最高でした」 古泉は人畜無害な笑みを鶴屋さんに向けて言った。 「普通のお花見でもよかったんですが、涼宮さんは普通を大変嫌うお方です。確実性を上げるための秘境という設定はどうやら成功のようですね」 「そのようだな」 俺は嬉しそうにしている古泉に言ってやり、部室を見回した。 時計を見るともう五時を回っていて、部室は夕暮れに包まれていた。太陽と大気が織り成すオレンジ色が部室を染め、窓際に近い長門を照らし出した。それが長門の透き通るような白い肌に溶け込んで奇妙なほどに似合っていた。朝比奈さんは朝比奈さんで、部室専用のメイド姿でお盆を胸に抱え、満面の笑みで鶴屋さんと談笑していた。仲良しの友達同士(しかも美人同士)が語り合う姿はこの上なく優美であったし、今回のサプライズイベントには自分も役に立てると嬉しそうだった。古泉はというと、サプライズイベントを大いに盛り上げるための策略(SOS、命名俺)を練っているようでもう負けは確定した将棋には目もくれなかった。俺はみんな様子を一通り眺め終わると、部室の片隅に座る寡黙な少女をなんとなく見つめていた。 「まあ、楽しみにしといてよっ。桜が綺麗なのは本当だからさっ」 「本当にありがとうございます」 「いいよいいよっ。楽しみにしてるし、わたしも面白いことをしたいのさ」 長門がパタンと本を閉じると、俺達は帰り支度をし、部室を出た。古泉が集合場所と時間を言い、俺達は別れる。別れ際、長門が俺をじっと見つめてくるので何かと思い尋ねたら、 「……何がいいのか分からない」 「長門が一番気に入っているものでいいんじゃないか」 「……そう」 長門はそれだけ言って、俺と長門はそれぞれの家路についた。帰り道、俺自身もハルヒに何を買うべきか考えていなかったことに気付いた。そもそも、金が無いし。どうするか、当日までには買っておかないと。 当日、空は雲ひとつ無く、小学校の頃の遠足みたいに気分が高揚するのは悪くなかった。ハルヒに振り回されるわけではないし、むしろこっちがはめてやろうってことだからな。楽しくもなるさ。 悲劇は繰り返すということを俺は忘れていた。今回はシャミセンもいないし荷物も少ないから大丈夫だろうと安心しきっていたのが裏目に出て、家を出るときに偶然リビングから出てきた妹に見つかり、例のごとく妹の妨害工作に時間を食わされた。具体的にはまず甘え、それが無理だと分かると途端に駄々をこね、しまいには泣き出す始末で、その泣き声に親が気付いて止めに入り、さらには親にも苦情を言われるという最悪のコンビネーションをなんとか脱したが、時すでに遅しとはこのことで、罰金になるのに行かなければならない規定事項は俺の気持ちを暗澹とさせた。 鶴屋さん推薦のお花見スポットは車で二時間というちょっとした小旅行だ。車は古泉が手配してくれることになっていた。おそらく荒川さんと森さんだろう。車での移動なので集合場所までは歩いて行かなければならなかった。時間が無いときの徒歩は焦燥感に駆られるもので、走り出したくもなったがすでに諦めムード漂う俺はわざとゆっくり歩いていった。 集合場所の駅に着くと、すでにSOS団の面々はそろっていた。鶴屋さんはまだ来ていなかった。朝比奈さんは大きめのバスケットを抱えていて、あの中にたくさんの幸せが詰まっているのだと思うと、思わずにやけてしまった。ハルヒが俺の遅刻のことを咎めたりはしなかったのは、きっとハルヒ自身も今日を楽しみしていたからだろう。朝比奈さんとじゃれあっているのを見るとどうやらそのようで、 俺のことは全く目に入らないようだ。長門は制服ではなく白のワンピースだった。袖がひらひらした形のだ。身体が細く、胸もあまりない長門にはしっくりくる。 朝比奈さんは俺に小走りで近づいてくると、 「『行けなくなっちゃったのは残念だけど、キョン君達はめがっさ楽しんでくるっさ』と伝えてほしいって」 おずおずと上目づかいで俺に伝えた。 「そろそろ車が来る時間ですね。移動しましょうか」 壁に寄りかかっていた古泉が俺たちに微笑み混じりで呼びかけた。 「良かった間に合って」 「涼宮さんの機嫌が良くてよかったですね。これほど遅れるとおそらく三回は罰金になっていたでしょうから」 古泉は俺を笑いながら見つめると、 「それはいいとして、みなさん移動しましょうか。車が到着したようですよ」 ハルヒと朝比奈さんの返事を聞くと、俺達は古泉の後を付いていった。 路肩に止まったのは雪山でもお世話になった二台の四駆だった。中から出てきたのも見覚えのある二人組だ。 「お待ちしてすみません。今日もよろしくお願い致します」 深々と腰を折る狂気の執事と、 「よろしくお願いします」 年齢不詳、過激派の怪しいメイドさんである。 「今日はよろしくね」 ハルヒが右の親指を立て、ビッと腕を伸ばしながら言った。いい加減ガキのお守りばかりしていて疲れないのかと俺が心の中で二人を労っていると、 「では、乗りましょう」 しゃしゃりでた古泉がいうと、男子と女子に別れて乗り込んだ。男子は荒川さんに、女子は森さんにだ。ハルヒに文句を言われてもいやだからな。朝比奈さんや長門と二人になったときに何されるか分からん。 車に乗り込むと車独特の匂いが喉の辺りに広がった。古泉は先に乗り込むと窓の外に視点を固定させ、なにも話す気はないらしい。まあ、俺も古泉と話す必要はないがな。古泉との二時間ばかりの車の旅は何の起伏もなく、外の風景も同じものの繰り返しだったし、朝比奈さんの弁当の中身を考えているほうがまだ建設的というものだ。しかしそれも長くは続かず、車の振動をゆりかご代わりに、俺は深い眠りへと落ちていった。 … …… ……… 「起きてください。到着しました」 俺が朦朧とした意識をなんとか叩き起こすと、古泉の笑顔が近くにあった。 「顔が近いぞ、気持ち悪い」 寝起きに野郎の顔が近くにあったときのしょっぱさはなんとも言えない。……というより語りたくない。 「またご冗談を。さあ、降りてください。少し歩きますよ」 古泉は微笑を湛えたまま、俺に呼びかける。車から降りると、ハルヒは口を一文字に結び腕組みをして立っていた。こりゃ、明らかに怒ってるな。 「ちょっとキョン! 私が寝てないっていうのになんであんたが寝てるのよ!」 いつから睡眠が許可制になったんだ。戦時中じゃあるまいし、行動の自由ぐらい俺にだってあるだろうが。 「ないわ!SOS団での活動は団長の意思が最優先されるの」 「ないってお前」 俺がハルヒにとってフランス革命とはなんだったのかと考えていると、 「まあまあ、せっかくのお花見ですし、穏便にいきましょう」 古泉は俺達を取り成した 「これから山道を歩きます。足元には気をつけてください」 「私でも大丈夫ですよねぇ……?」 朝比奈さんは身体をいじいじしながら古泉を上目遣いで見つめた。 「もちろんです。そこまできつくないですから」 古泉は朝比奈さんに笑顔を向けると、朝比奈さんは顔を赤らめた。 「は、はいぃ」 おい、その反応なんかむかつくな。 「では、私たちはここで待たせていただきます」 「ありがとうございました」 古泉がそういうと、俺達も頭を下げ感謝の言葉を述べた。荒川さんと森さんは深々と腰を折ると、顔を上げ、 「帰りもここでお待ちしています。時間は古泉が知っていますので気になさらず楽しんできてください」 「分かったわ」 ハルヒは笑顔で頷くと、 「それじゃあいきましょ!」 山道への入り口へと歩き出した。古泉は肩をすくめるポーズをすると、 「やれやれ、では行きましょうか」 俺達はネズミを追いかける猫のようにハルヒの後を追った。 朝から(といっても、もう昼になるが)山登りというのもこたえるもので、というのも一番後ろを歩く俺がほとんどの荷物を持たされているからだ。鶴屋さんの言っていた通り、周りの風景も秘境というにふさわしい陰鬱とした雰囲気で、いつになったらつくのかという猜疑心が俺を疲労させた。 前を歩く朝比奈さんの重い足取りを眺めながら、応援しながら、列の真ん中を飄々と歩く長門が肩からかけている水筒が似合っていることに気付いた。先頭のハルヒの後ろを歩くやけに後ろ姿が格好いい自称エスパー戦隊を恨みつつ、山道をピョンピョンと登っていく「男は女性の荷物を持つものよ」とか訳の分からん理由で俺に荷物を持たせているハルヒの背中を睨み付けた。 山道の左手は空が広がっていて、右手にはブナのようなそうでないような木々が立ち並び、ちょっとした日陰を作った。そうこうしているうちに俺達は目的地についた。そうこうというのはいつまでも終わらない山道がエンドレスに続いているような気がして、ただぼんやりと山道を登ったためだ。RPGでよくある、ある条件を満たさないと抜け出れない無限階段を現実でやっている感じだ。帰りは瞬間移動の呪文でも使って帰りたいものだ。 俺達は山道を抜け、ちょっとした広場に出た。エデンの園ってこんな感じかもなと感じさせる桜以外何もない不思議な空間だった。 「ここです」 古泉が後ろを振り返ってそう言った。 俺達は言葉を失っていた。数分ぐらいは立ち尽くしていたと思う。普段見ている桜とは違い、山桜だった。妖麗という言葉がぴったりの木々が、ちょっとした広場を埋め尽くし、濃いピンク色の花びらが舞って、俺達を包んだ。隣に並んで眺めている朝比奈さんと桜の花びらは絶妙だ。長門は花びらを掌の中で観察している。そうだ、この世界にもハルヒを黙らせることができるものが存在したんだな、とか柄にもないことを考えながら、俺は優美に舞う花びらを見つめた。ハルヒもただぼんやりと山桜を見つめていた。古泉? パス。俺達はしばらくの間、黙って立ったまま眺め続けていた。 「キョン、シートをだして敷きなさい」 ハルヒは俺を指差し、命令した。 分かってるよ。命令を聞くのも今日だけだかんな。 「ちょっと有希、なにぼーっとしてるのよ」 「綺麗」 「へぇー、有希でもそう思うものもあるのね」 長門は返事をしなかった。 俺がビニールシートを古泉と広げ終えるやいなや、ハルヒはシートに寝転がり伸びをした。 「うーん!やっぱり気持ちいいわねお花見って」 「そうですねぇー」 朝比奈さんはシートの端の方にちょこんと座って、ハルヒの戯言に返事をした。笑顔の返事がなんとも愛らしい。 「有希もそんなところで立ってないで、座りなさいよ」 さっきから山桜の近くで立ち尽くしていた長門はそろそろと俺達のところへと来て、俺の左側に座った。なぜだろう、ハルヒは明らかに不快な顔をし、朝比奈さんに命令した。 「みくるちゃん。お弁当を出して」 「は、はい」 朝比奈さんは俺を見つめた後、俺の横に置いてあったバスケットを指差した。俺は円状に座っているSOS団のメンバーの真ん中にバスケットを置いた。開けるのは朝比奈さんがいいだろ? 「じゃあ、みなさんどうぞ。おいしくなかったらごめんなさい。いっぱい作ってきたんでよかったら食べてくださいね」 「おいしくないわけないわ。なんたってみくるちゃんの特製だからね。あ、そうだ! 今度みくる弁当でも販売しようかしら。一個千五百円ぐらいで。中身は適当でいいわ。どうせ男どもはみくるちゃんが作ったものならなんでもいいはずよ」 お前はどこまで男どもから金を徴収すれば気がすむんだ。しかも千五百円という微妙なライン。月に一度だったら俺も買ってもいいかもしれない。ハルヒの商人魂に感服しながら、おどおどとする朝比奈さんの為に早く口にしたほうがいいかもしれないなと思った。まあ、ここは団長様から食べさせないと殴られそうだから、俺はハルヒが食べるのを待ちつつ、朝比奈さんの作るものまずいものなどありません。泥団子だろうが笑顔で食べる所存であります。なんてことを考えていたわけだ。 その後俺達はすぐに朝比奈さんの弁当で舌鼓を打った。まずいなんて謙遜なされていたが、全くの逆で俺の最初の直感どおり、幸せの味がした。その幸せを破壊するがごとくハルヒと長門による大食い合戦が展開され、それに俺はむりやり参加し、幸せを奪還するという偉業を成し遂げた。 食事が終わると俺達はなにをするでもなく寝転がり、その妖麗な山桜たちとぽっかりと空いた空間から見える春の空を眺めた。取り込まれそうなほど澄み切った青空で、ピンクと水色という柔らかい色合いが俺の眠気を誘った。しかし、ここで眠るわけにはいかない理由があった。そう、そもそも花見はついでであって、本来の目的はハルヒのためのサプライズパーティーなのだ。遂行しなければここまで来た意味はないのだが、この桜を眺めているとそれだけで価値のあるものだと感じてしまっていた。さすが鶴屋さんのお薦めだけあるな。けどそろそろやらないと時間も無いなと考えている自分に気付き、さっき食べたのにプラスしてますます胃が重くなった。 やれやれ、団長さん喜んでくれよ? 「それではそろそろ始めましょうか」 古泉が音頭をとる。 「古泉君、なにか用意してるの?」 ハルヒの顔は日差しに負けないくらい輝いていた。 「いえ、私だけではありません。みんなで用意したものですよ」 「なにそれ?」 ハルヒだって気付いているだろう? 今日が何の日なのかぐらい。 みんなでいっせいに言った。 朝比奈さんは控えめに、長門はぼそりと、古泉は大げさに、俺はさりげなくだ。 「ハッピーバースデー!ハルヒ!」 俺達は隠し持っていたクラッカーを鳴らした。破裂音と共に紙が飛び出るタイプのだ。山奥で鳴らすクラッカーはものっそいシュールなもので、アンドレ・ブルドンも魚が溶けすぎて困るぐらいだった。 「え、ちょ、ちょっとなんで知ってるのよ!」 ハルヒは困ったような、怒ったような顔を浮かべた。 「そんなことどうでもいいだろ? この日のためにせっかくみんな準備してきてんだから」 俺はハルヒを諭すように言った。 「え、まあそうだけどさ、え、でも……。祝うなら祝うっていいなさいよね!」 「それじゃあ、つまらんだろうが」 「そ、そうだけど」 「それじゃあ、プレゼントの贈呈にでも移りましょうか」 古泉が仕切った。 「プレゼント?」 「誕生日プレゼントに決まってるだろ」 「分かってるわよ! さっきからキョン偉そうよ!」 慌てるハルヒは今世紀最大の見物で、万博に行くより面白いものが見れたと俺は心から笑っていた。それに嬉しさを隠すのに精一杯のハルヒはとてもかわいかったしな。 俺達はハルヒの前に並び、クスクス笑いながら、ハルヒの普段見せない姿を堪能していた。 「では僕から渡しましょうか」 古泉は笑顔を見せるとリュックからラッピングされた小さな箱を取り出し、ハルヒに近づいた。 「お誕生日おめでとうございます。涼宮さん」 「あ、ありがとう、古泉君」 古泉はハルヒにプレゼントを手渡す。 「中は見てもいいのよね?」 「もちろんです」 ハルヒは丁寧に包装紙をはずした。 「あ、時計ね?」 高校生には不似合いな高そうな時計だった。 ハルヒが時計を着けていると、 「涼宮さんは時間を大事にする方ですので、今回は時計にさせていただきました」 古泉は目を細めながらそういった。 「そうね。ありがとう古泉君、大事にするわ」 「喜んでもらえて光栄です」 古泉は白々しい仕草をすると後ろに下がった。 「じゃあ、次はわたしですね」 朝比奈さんがハルヒにプレゼントを手渡した。かなり大きい袋に入っていた。まあ、そのブツを不慣れな山道を登ってへーこらいいながら持ってきたのは他の誰でもなく俺なんだがな。敢闘賞ぐらいはくれてもいいはずだ。 「みくるちゃん、なにこれ?」 「抱き枕です。それがあるとよく眠れますよ」 「なんかあたしがよく眠れてないみたいじゃない。でもいいわ、なんか肌触りもいいし、気持ちいいもん」 お前は一つ文句を言わんと、素直に貰えんのか。 「えへへ、よかったですぅ」 俺は抱き枕に抱きついて眠る朝比奈さんを想像し、真っ昼間からよからぬ気分になっていたのを告白しておこう。 次は長門の番だ。長門はそろそろとハルヒに近づき、包装されたプレゼントを手渡した。はい、それもってきたのも俺。 「どうぞ」 「あら、有希も選んでくれたのね。ん、本か。有希らしいわね」 「わたしの一番好きな本」 「そう、読んでみるわ。有希が薦める本だもん、おもしろいに決まってるわ」 ハルヒは長門に笑顔を見せると、長門はミリ単位で首を縦に振った。 「じゃあ、最後は俺だな」 「少しはまともなものを渡しなさいよね。でないと、すぐに捨てるから」 俺がハルヒに中くらいの紙箱を手渡そうとすると、ハルヒは俺の手からものすごい力で奪い取った。 「早くしなさいよ。じれったい! どれどれ」 ハルヒは巻いてあった包装紙をビリビリに破り捨て、箱を開ける。 「え、なんでカメラなの?しかもデジカメじゃなくて、旧式? あと入ってるのは写真立てね」 「デジカメならハルヒが持ってるし、まあなんだ、そういうレトロなのもいいかなと思ったんだよ。財政面ではかなりきつかったがな。それ以外思いつかなかったから」 俺が説明していると、ハルヒは笑顔で俺にカメラを向けた。 「俺を撮るな! それより、あとでみんな一緒にとろうぜ。今まで集合写真なんて撮ったことなかっただろ?」 「それもそうね」 ハルヒはうつむいて、何かを考えている様子だった。そして何か小声で呟いた。あまりの小声になんていったか聞き取れなかった。 「なんだ?」 思わず聞き返してしまう。大体分かるっているが。ハルヒの口から直接聞きたいだろ? ハルヒは腰に手をあて、一つ息を吐くと、 「ありがとうって言ったのよ! 本当ならキョンなんかに感謝の言葉なんか述べたくないんだけど、今回は特別だからね!」 なんでお前はそう素直じゃないんだろうな。 「どうでもいいでしょそんなこと。それよりなんでこんな山奥でやることになったのよ」 「では、僕が説明しましょうか」 古泉がしゃしゃり出てきて、説明を始めた。 「一つ目の理由はもちろん涼宮さんを驚かせるためです。 二つ目の理由は……」 くどくどと古泉が説明していたが、この説明は俺にとっては二度目なので聞く気になれなかった。それより俺には気になることがあった。こっちのが俺にとっては日本経済の行く末より気になることだ。 「長門、結局お前本にしたんだな」 「そう」 「しかも一番好きな本か、俺も読んでみたいな」 「わたしの家に来れば読める」 「そっか。じゃあ今度お邪魔することにしようか」 「そう」 長門は俺を見つめながら目視できるぎりぎりの動きであごを引き、花びらを散らせている山桜のほうに目を向けた。 「そろそろ帰りましょう。暗くなったら、山道は降りられないわ」 もう夕暮れが迫っていた。俺達は荷物をまとめ、山道を下った。同じ道をトレースし、荒川さんと森さんの待つ車へと向かった。 車まで辿り着くと、ハルヒは写真を撮りましょうと言って、荒川さんにカメラを渡した。 「では、いきますよ。ハイチーズ」 あの山桜のあった山をバックに写真を撮った。荒川さんの渋い声での『ハイチーズ』は大変心地良く、本職のように見えるのは気のせいだろうか? 俺達に「はい、笑って」は必要が無かった。そんなこと言われなくても満面の笑みがカメラのレンズに反射した。 パシャリという音が、今の俺達を切り取った。 帰りの車中は行きとほとんど変わらなかった。違いは古泉も寝ていることだろうか。荒川さんは運転が上手く、安定した走行を実現していた。カメラを取るのも上手い、運転も上手いときたらあとは何が上手なのか気になるところではあるが、荒川さんと言葉を交わすことなく俺は行き同様に睡魔に襲われ、いつの間にか地元の駅前に着いていた。 「おい、古泉起きろ。着いたぞ」 俺は古泉の肩を揺すると、古泉は普段見せない気の抜けた顔で返事をした。車から降りると、外はすでに真っ暗で街灯だけが明かりを放っていた。 「あー」 俺は声を出しながら伸びをした。ずっと同じ姿勢で寝ていたせいで身体のあちこちが痛い。古泉も降りると俺に習って伸びをした。 少し待っても森さんの運転していた車からハルヒ達が降りてこないので中を覗いた。案の定、ハルヒ達は車の中で仲良く寝ていた。真ん中に座る長門の右肩にハルヒ、左肩に朝比奈さんは寄りかかり、眠っていた。俺が車の窓を叩くと長門は起きていたようでこちらを向き、首を横に振った。俺が肩をすくめる仕草をすると、長門はゆっくりと頷いた。古泉を見ると、こいつもやれやれとばかりに肩をすくめてにやけた。だが、起きるまで待っていたら荒川さん達に迷惑がかかるのでここは強制的にでも起こさなければなるまい。俺はドアを開けると手前にいた朝比奈さんを軽く揺すった。 「ほえぇー」 朝比奈さんは訳の分からん言葉を発し、目を擦りながら目を覚ました。ごめんなさい、と謝ると朝比奈さんはすぐに車から降りた。あとはハルヒか。あいつは適当に大声出せば起きるだろ。 「おい、ハルヒ! 起きろ!」 俺が大声で言うと、ハルヒはビクッとして急に目を覚ました。 「お前、よだれ垂れてるぞ」 「垂れへないわよ」 ハルヒはそう言いながらも口を袖で拭いた。まだ、起きてないのか視点が定まっていない。 ハルヒは車から降りると、俺と同じように伸びをした。人間やることは同じなようだ。 「では私達は帰らせていただきます」 荒川さんと森さんが礼をして、それぞれの車に乗り込んんだ。ハルヒと朝比奈さんは去っていく車に手を振って見送っていた。 「じゃあ、今日はこれで解散ね。家に帰るまでが部活なのよ」 「そうですね。では、僕は帰らせていただきます」 「わたしも帰ります」 朝比奈さんは満足げな顔で言った。 長門は無言で俺を見つめ、それからおもむろに家路に着いた。 そして俺とハルヒは全員を見送った。俺達を街灯と月明かりだけが照らしていた。余りの虚脱感に家に帰る気力すらなかったので、ただぼんやりと立っていたわけだ。 「キョンは帰らないの?」 「いや、何か疲れてな。ま、家に帰って休むことにするさ」 それは一瞬のことだった。 ハルヒは俺の唇にそっとキスをした。 俺が混乱していた意識を取り戻すと、目の前でハルヒは俯いていた。 「今回の話、キョンが企画してくれたんだって?」 「ま、そういうことになるな」 「ありがとう」 ハルヒは顔を上げて上目遣いで俺を見つめた。光の加減なのか、顔は朱色に染まっていた。俺はその顔をカメラで切り取り、永遠に残しておきたかった。 「ねえ、あたしじゃだめかな?」 「なんだって?」 「………」 「………」 「なんでもない。忘れて。忘れなかったら全裸で市中引き回しの刑だから!」 ハルヒはそういうと駅に向かって早足で去っていった。 『ねえ、あたしじゃだめかな?』 俺は聞こえないフリをしたが、しっかりと耳にも心にも届いていた。答えられる自信がなかったから、聞こえないフリをした。そして俺も続けてしまいそうだったのだ。 「なあ、俺じゃだめかな?」 自問自答を繰り返した。俺はハルヒが好きなのか? さっきのキスもきっとハルヒは言葉や態度で感謝を示せないから、成り行きでやってしまったと俺は都合よく解釈することにした。 でもな、ハルヒ。今日は俺に感謝する日じゃないぞ。生んでくれた両親に感謝する日、育ててくれた両親に感謝する日なんだ。 ハルヒのキスの余韻と生温い風が本格的な春の訪れを告げていた。 誕生日おめでとう、ハルヒ。 こんな風に満たされた春の日に生まれたであろうハルヒを思い、俺は家路を急いだ。 chapter.1
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俺がハルヒの元に戻って数時間。長門の反撃に驚いたのか、敵はめっきり攻撃してこない。 しかし、またいつ襲ってくるかわからないので、俺たちは結局前線基地で銃を構えてぴりぴりしなけりゃならん。 これがゲリラ戦って奴なんだろうな。 ここに戻ってきてからはすっかりハルヒに見張られるようになっちまった。 度重なる命令違反にさすがにぶち切れたらしく、さっきから便所に行くのにもついてこようとしやがる。 せっかく長門に礼を言おうと思っているのに、それも適わん。 「全く少しでも目を離そうとするとどっかに行こうとするんだから。まるで落ち着きのない子供ね」 またオフクロみたいな事をいいやがるハルヒ。 俺は嘆息しながら、仕方なくまた正面の住宅地帯を眺める。古泉のUH-1ミニガンですっかりぼろぼろになった民家を見ると、 ここが本当の戦場なんだろうと思ってしまう。 もうすぐ日が落ちる。辺り一面がオレンジ色に染まりつつあった。あと数時間で2日目も終了だ。 人生の半分以上の情報量がこもっているんじゃないかと思うほどに濃い二日間だったな。 身の回りでこれだけの人が死に、谷口や鶴屋さん、国木田まで命を落とす。 たとえ3日間を乗り切ればすべて元通りといわれても本当かどうかわからないし、実際目の前で死なれて、 ショックを受けない方がどうかしている。こんな現実は二度とゴメンだし、本当の現実にさせるわけにも行かない。 敵はこれからいよいよ本腰をあげて俺たちを叩きにかかるだろう。古泉の予想なら、これからハルヒに 学校への撤退を決断させるような動きを見せるはずだ。今まで以上の凄惨な展開が待っていることになる。 「キョン、ご飯よ。見張り交代してあげるからとっとと食べなさい」 そう言ってハルヒは昼と同じ缶詰を投げてきたので、俺はあわててキャッチする。 って、これだとまるで飼い犬に飯をやっている図みたいではないか。 俺はヘルメットを取って缶詰のブルトップを開けようとしていたが、 「ちょっとキョン、その頬の傷どうしたのよ?」 ハルヒの指摘に俺は頬をなぞる。耳の横あたりをふれたとたん、ピキッと痛みが走った。 ん? ああそういやこんな怪我していたんだっけ。大した怪我じゃない。飛び散ったコンクリートの破片がかすった程度だ。 「ダメよ。ばい菌でも入ったて化膿したらどうするつもり? ほら、拭いてあげるから」 「おい――ちょっとま――うぷぷっ」 俺の意志も無視して、ハルヒはどっかから持ってきていたぬれタオルで強引に俺の顔を拭く。 力任せに拭くもんだからめちゃくちゃ痛い。 「これでよしっと。ちゃんと自分の身体は自分で管理しなさいよ。他のみんなもね。戦闘が始まってからじゃ遅いんだから」 ハルヒの言葉に周りの生徒たちが頷く。なんだかんだで部下思いな奴だ。 と、そこでハルヒに無線が渡された。長門からの連絡らしい。 「有希? あ、さっきの件調べてくれたんだ。ありがと」 ハルヒは長門と無線機越しに会話しながら、またあのメモ帳に名前を書き加え始める。 死んだ生徒と負傷した生徒の確認。指揮官の務めといえばそれまでかもしれないが、 ハルヒなりにけじめをつけているのかもしれないな。 「うんうん……ありがと。じゃあまたね」 そこでハルヒは無線連絡を終了。ぱたむとメモ帳を閉じた。そして、ハルヒは力ないほほえみを浮かべ、 「ついに死者が100人越えちゃった……」 それはあまりに痛々しい表情だった。つい抱きしめてやりたくなるほどに。 俺は何か言ってやりたかったが、どうしても言葉にできなかった。慰めや励ましをしても意味はない。 だったら一体何を言えば良いんだ? 「あと……………………いいんだろ」 ぼそっとハルヒの口から言葉が漏れる。ただ俺は聞き返そうとは思わなかった。 なぜかって? どう見てもただの独り言だし、俺に向けていった言葉ではない。だったらもう一度言わせるなんて野暮だろ。 ハルヒは自分の頭をこづき、 「あーもう、どうしても暗くなっちゃうわね! 何か楽しいことはないかしら! ちょっとキョン。何か漫才しなさい」 「できねえよ、芸人でもないし」 使えない奴ねとハルヒは俺をにらむが、正直このくらい唯我独尊一直線なハルヒの方が見ていて気分が良い。 普段、もっと落ち着けよと散々思っているというのに。 ◇◇◇◇ さて、のんびりモードも終了しハルヒは銃を構えて、周辺の警戒に復帰する。俺もすっかり忘れていたが、 手に持ったままの缶詰を開けてがっつき始めた。まだまだこれからだからな。今の内に腹をふくれさせておこう。 とっとと缶詰を平らげた俺はハルヒの横につき、 「また攻撃を仕掛けてくると思うか?」 「……あたしの予想じゃ、日が落ちるまでは攻撃してこないんじゃないかと思う」 長門の情報改変をしらないハルヒが意外な予想をしてきた。 「何でだよ?」 「バカね。夜になってみなさい。昨日の夜の様子じゃ街灯は点灯するみたいだけど、それでも辺りは真っ暗だわ。 あいつら全身真っ黒だし見えづらいから古泉くんのヘリからの援護も難しくなるし、 夜間にヘリを飛ばしっぱなしってもの危ないし。どっから攻撃されるかわかりにくい上、学校への着陸も難しくなるわ。 ライトか何かで校庭を照らせばいいけど、それじゃ的にしてくれって言っているようなものよ」 なるほど。確かに月明かりと街灯の明かりだけでは、上空の古泉の支援は難しくなるだろう。 そろそろ長門の砲撃の再開も考えなけりゃならん。ただ、あれはヘリと同じほどの切り札だから、 最後の最後まで使い切らないようにしないとな。 だが、敵の動きは予想を完全に裏切った。風を切るような音が聞こえたかと思ったら、強烈な衝撃が 俺たちのいる建物を揺さぶる。天井からバラバラと小さい破片が落下し、あまりの威力に立っていた生徒の数人が床に転がる。 「――みんな無事!? 怪我した人が言ったらすぐに言って!」 ハルヒは真っ先に周りの生徒たちの様子を確認する。幸い負傷者はいなかったようだ。 俺は辺りを見回しながら、 「今のはなんだ? RPGとは威力が桁違いだったぞ」 「そうね……ん! 何か来るわよ!」 ハルヒが正面の住宅地帯を走る道路を指さす。そこには荷台がめらめら燃えたトラックがこちらに向かって―― 俺は理由はわからんが、とっさに何が起ころうとしているのか悟った。きっとテレビのニュースか何かで 見ていた記憶がこんなところで役だったのだろう。 「――特攻だ! 隠れろ!」 俺の声が早いか遅いか。ほぼ同時に炎上トラックが前線基地前で大爆発を起こした。 俺たちのいる建物の一部が倒壊し、破片と砂煙が辺りに蔓延する。 さらに遙か上空まで上がったトラックの破片が次々と俺たちの頭上に降りかかってきた。 そんな中ハルヒは片目だけ開けて微動だにしなかった。あれだけのショックに耐えるなんてとんでもない奴だ。 だが、こいつのとんでもなさはそれどころではない。 「ぎりっぎりだったわね……!」 って、まさか建物にぶつかる前に爆発したのは、お前がやったのか!? どうやって!? 「火を噴いているところに一発お見舞いしただけよ。そしたら爆発したってだけの話! そんなことより、最初の一発目の奴の正体がまだよ! 気を抜かないで!」 ハルヒの言うとおりだ。神業に感心するのは敵を黙らせてからにしよう。 さて、この状況になればいつもの通り、正面の民家から次々と敵が姿を現し始め、こちらに銃撃を開始する。 ワンパターンな奴らだと思いつつ、違うのが一つ。最初の一発目の衝撃の正体だ。 敵弾!という声が響き、俺はあわてて身を隠す。そして、俺たちの隣の建物にそれが直撃して壁の一部を吹き飛ばした。 どっから何を撃ってきやがるんだ!? 俺はとにかく見えない攻撃を放って、窓から顔を出す敵に向けて撃ちまくる。 さすがに敵の動きにも慣れてきたのか、的確に一発一発シェルエット野郎に命中させられるようになっていた。 あまりうれしくない技能取得だが。 とハルヒの元に一人の生徒が駆け寄る。どうやらさっきからの正体不明の攻撃は、 前線基地前方の住宅地帯の路上にいる武装トラックから放たれているものらしい。 はっきりとはしないが、無反動砲のたぐいのようだ。距離が遠い上に周りの攻撃が激しくて、 発射阻止ができない状況に追いやられている。 「古泉くんのヘリを早く呼んで! 上空から片づけるしかないわ――くっ!」 ハルヒが指示を飛ばしている最中にもまた無反動砲による攻撃が続く。 今度は応戦していた3人の生徒の真正面に着弾し、衝撃で彼らが吹っ飛んだのがはっきりと見えた。 近くで難を逃れた生徒たちが、やられたものたちを救出にかかる。 俺はひたすら屋根やら窓から飛び出し続ける敵を撃ち続けた。しかし、いくら命中させても次から次へと飛び出してくる。 当たらないモグラ叩きよりも、終わらないモグラ叩きの方が遙かにたちが悪い。 とようやくここで古泉のUH-1が登場だ。辺りはすでに薄暗くなりつつあるとはいえ、 まだ日が落ちきっていない。今なら無反動砲を備えた武装トラックも視認できるはずだ。 「古泉くん! やっちゃって!」 『任せてください』 ハルヒの指示で古泉は目標の位置を探り始める。だが、しばらくしてから、 『……うまい具合に死角に入り込んでいますね、ただ、攻撃可能な角度もあるようです。回り込んで掃射します』 古泉はそう言うと、ヘリを移動させ始める。 ハルヒはM14で迫ってくる敵をひたすら撃ちながら、 「全く敵の考えがよくわからないわね! 夜になってから攻撃してくると思ったのにさ! 無反動砲なんて持ち出してきたけど、ヘリの餌食になるだけだわ! 相当アホな奴が指揮官やっているんでしょうね!」 ハルヒが怒っているんだか笑っているだか、区別しがたい口調で叫ぶ。だが、俺はその言葉に強烈な違和感を覚えた。 なんだ? 何かが変だ。 俺は古泉のUH-1を見上げる。今、無反動砲トラックを攻撃できるポジションを探して、上空を旋回している。 そもそもどうしてこのタイミングで無反動砲なんていう代物を持ち出してきた? ハルヒの言うとおり、 日が落ちてからやれば効果絶大だ……いや、違う。北山公園の時を思い出せ。敵は軍事的優位を必要としない。 連中の目的は効果的にハルヒに精神的苦痛を与えることだからだ。ならば、今ハルヒ――俺たちにとって、 もっともダメージの大きいことは何だ? 頼りにしている者が倒れることだろう。 なら頼りになる者とは? さっきからの展開を考えれば古泉様々だな。だったら、今古泉のヘリが撃墜されでもしたら、 ハルヒはどれだけのショックを受けるんだ…… 俺はぞっと寒気が全身を駆け抜ける。敵の目的は今もっとも頼りにしている古泉――UH-1をハルヒの目の前で 撃墜することかもしれないんだから! 即座に無線機を奪うように取ると、 「古泉っ! 戻れ! 今すぐ学校に戻るんだ! 早くしろ! それは――」 俺は最後まで言い切れなかった。すでに遅かったからだ。今までとは質の違う発射音が辺りになり響く。 無反動砲トラックがあるだろうと思われた地点から、弾道がしっかりと見えるほどの砲火がヘリに向けられる。 対空砲火だ。今までのRPGやAKでの攻撃とは違う、完全にヘリを落とすための攻撃方法。 「古泉くんっ!」 ハルヒの絶望的な呼びかけもむなしく、UH-1は対空砲を受け続けぼろくずのようになっていった。 俺たちを北山公園に誘い込んだときと同じ手だ。無反動砲を持ち出し、ヘリをおびき出す。 そして、対空砲を用意しておき、のこのこと現れたところを狙って攻撃。くそっ! どうして同じ過ちを繰り返しているんだ俺は! ぼろぼろになりつつもまだ跳び続けているUH-1。そして、こんな状態だというのに古泉からの無線連絡が入る。 『は……はは……してやられましたね……』 「古泉くんっ! 古泉くんっ! 早く逃げて!」 ハルヒの必死の呼びかけ。しかし、古泉には聞こえていないのか、一方的な話し方で続ける。 『後ろの生徒も隣の生徒もみんなやられて……しまいました。僕ももう持たないでしょう……。 ですが、このままでは終わりません……!』 急にUH-1が猛烈な勢いで高度を下げ始める。あいつまさかっ!? 『また……部室で会いましょう……!』 そのまま住宅地帯に墜落した――いや、あえてそこを狙って落ちたのだろう。無反動砲と対空砲があったと思われる場所に。 「古泉っ!」 「古泉くんっ!」 俺とハルヒの呼びかけに古泉は答えることはなかった。あれで生きていられるわけがないだろう。 何がまた部室でだ! 最期まで格好つけやがって! バカ野郎が! 墜落のショックで無反動砲の砲弾が爆発を始めたらしく、轟音が鳴り響く。しかし、俺は耳をふさぐこともなく、 呆然と空を見上げたままだった。いつもスマイルでハルヒのイエスマン。いけ好かないところや、 いまいち信用ならないところもあった。だけど、最近ではSOS団に思い入れのあるようなことを言うようになっていた。 あの古泉が死んだ。そう――死んだ。 俺は呆然としている自分に気がつき、あわてて意識を取り戻す。何をやっているんだ! 古泉が自らの命をかけてまで、 敵を叩いたんだ! それをただ呆然と見ているか!? しっかりしろ俺! はっと俺はハルヒの方に振り返る。あれだけ頼りにしていた古泉の死だ。ハルヒにとっても耐え難いことのはず―― 「…………!」 俺が見たのは、血が流れるほどに強く唇をかみ、必死に叫び声を上げまいと耐えるハルヒだった。 不安定な呼吸からかすかに声も漏れてくる。 俺は意を決して、 「ハルヒ!」 「……何よ!」 「負けねえぞ!」 「当たり前よ!」 ――もう完全に日が落ち、夜が辺りを支配しようとしていた―― ◇◇◇◇ UH-1撃墜からすでに3時間。俺たちはひたすらノンストップ戦闘を続けている。前回までとは違い、 今回の攻撃はやたらとしつこく、叩いても叩いても敵が飛び出し、たまに武装トラックが現れるという繰り返しだ。 古泉の支援がなくなったことも原因だろうが。代わりに北高からの砲撃を再開しているが、 こっちも砲弾の残りが少ないためにちまちま撃つ程度になってしまっているため、効果は薄い。 もう辺りは完全に真っ暗になって、今では街灯と満月の月明かりだけが敵の位置を知らせてくれる。 幸い、シェルエット野郎はどうも薄く発光しているらしく、暗闇の中でも昼間ほどではないが視認することができた。 変なところでサービスしやがるな。 「本当にしつこいわね!」 ハルヒはいったん銃を撃つのをやめると、水筒の水をがぶ飲みし始める。ハルヒが愚痴を言いたくなるもの仕方がない。 何せ、さっきから延々と戦闘が続けられているからな。いい加減うんざりしてくるぜ。 「きっと敵は調子に乗っているのよ。古泉くんのヘリを撃墜してここで一気に決めようとしているんだわ! そうはさせるかってもんよ!」 ハルヒは口をぬぐってから、またM14を片手に敵めがけて撃ち始める。 今の状況は消耗戦だ。敵は無限に出現しやがるが、こっちははっきり言って人員不足がひどくなりつつある。 北高側の稼働を考えると、もう前線基地に持ってこれる生徒はいない。しかし、こっちは延々と撃ち合っている間に、 どんどん負傷者や死者が増える一方。前線基地をこれ以上守るのは不可能な状況になりつつあった。 しかしだ。こうやって敵の目的がハルヒに学校までの撤退を決断させる状況に追い込むことなのは俺でもわかる。 わざわざ奴らの目的通りに動くなんてあまりに腹立たしい。何とか出し抜いてやりたいが…… と、ここでハルヒに無線機が渡される。長門からの連絡らしい。ハルヒは物陰に入り、 「有希、またこっちに補給は送れる? え、人員は良いわ。これ以上、そっちは減らせないし、 こっちだけで何とかやりくりするつもりよ。大丈夫だって。何が何でも守りきってみせるから」 こっちには長門の声は聞こえないが、どうやら弾薬の補給を要請しているらしい。 しばらくそんな会話が続いたが、やがて、 「ありがと。じゃあね、有希」 そう言ってハルヒは連絡を終了する。ただ――最後のじゃあねはなんだか聞いていて辛くなるような口調だった。 が、ハルヒは俺の方に無線機を向け、 「キョン、有希やみくるちゃんに言いたいことがあるならいっときなさい。今の内にね」 「…………」 俺は無線機を受け取り、敵から見えないように物陰に引っ込む。代わりにハルヒがM14を持って銃撃を再開した。 『聞こえる?』 「ああ」 長門からの声。なんだかすごく懐かしい気分になった。さっきから銃声音しか聞いていなかったからだろうか。 「そっちの様子はどうだ? 今の展開じゃ、北高側への攻撃が始まってもおかしくないけどな」 『大体の状況は把握している。古泉一樹のことも』 「そうか……」 俺はまた脳裏にUH-1が撃墜された光景がフラッシュバックする。ぼろくずのようにされて地面に落下していく姿。 そして、古泉の最期の台詞。思い出したくもないのに。 しばらく、沈黙してしまった俺だったが、長門はその空気を読んだのか、 『あなたの責任ではない』 めずらしく慰めの言葉をかけてきた。が、続けて、 『事実。この疑似閉鎖空間を構築した者たちに逆らうことは不可能に近い。想定外の行動で攪乱するだけでも上出来。 彼らは私たちを好きなときに消すことができる。例え、古泉一樹抹殺のための罠だと気づいても、別の方法が実行されただけ』 「……そうかい」 長門なりの励ましなのかもしれないが、あっさりと敵の罠にかかったショックは大きい。 そして、俺たちがいくら努力しても所詮は、創造主様の手のひらで踊っているにすぎないって言う事実もそれに拍車をかける。 しかし、敵の襲撃を受けている中でいちいち落ち込んでいる場合でもない。 「こっちは、恐らくそろそろ北高に戻ることになりそうだ。敵の思惑通りといったところで腹が立つが、仕方がない。 それからが勝負――」 『涼宮ハルヒが前線基地を放棄して、北高に撤退することはあり得ない』 何? それはどういう意味だ? 『先ほど話したことで確信を得た。涼宮ハルヒは北高へ撤退しない。一人になってもそこから動かない。 生命活動が停止するまでそこで抵抗を続ける』 俺はハルヒの方に視線だけ向ける。必死な表情で一目散に敵めがけて撃ちまっているこいつの姿は―― 『限界が近い。このままでは3日という期限前に、これを仕組んだ者の目的が達成される』 「目的だと? それはどういう――」 『待って』 俺の質問を遮り、突然長門の声が遠ざかった。一瞬、ついに北高への攻撃が始まったのかとどきっとしたが、 無線機からかすかに流れてくる長門と喜緑さんの声を拾う限り、そうでもなさそうだった。 やがて、長門がまた戻ってきて、 『聞こえる?』 「ああ、聞こえるぞ」 『今、情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』 「は?」 『情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』 長門は淡々と語っているが、それって実はとんでもないことなんじゃないか? 『正確に言うと、この空間に置ける――CREATEの実行権限を私の制御下に置いた。 UPDATEとDELETEはまだ不可。時間はかかるが、順次こちらの制御下に置くようにする。 淡々と語るのは良いが、具体的に何ができるようになって何ができないのかを教えてくれ。 『現在、私はこの世界の物質を構築することができる。そして、仕組んだ者はそれができない。 だから、これ以上あなたたちの生命活動を停止させるべく作り出されている敵性戦闘物体はこれ以上増えない』 俺は一気に歓喜の声を上げようとしてしまうが、ぎりぎりで飲み込む。ハルヒに気がつかれるとまずいしな。 さらに長門は続ける。 『ただし、現在この世界にすでに存在しているものに対し、改変・消去は不可。その権限は持っていない』 「ようは、今俺たちに襲って来ている連中はそのままだが、これ以上増えることはないって事なんだな」 『そう。しかし、それを見越していたのか、この世界に置ける敵性戦闘物体の総数はかなり多く構築されている。 そこから数キロ北方には、前線基地周辺にいる以上の戦闘能力を備えたものがすでに配備されていた。 これらが南下を開始した時点でこちら側に勝ち目はない。現状に置いて圧倒的不利は変わっていない』 「……手放しには喜べないって事か。おっと!」 また武装トラックが出現して、12.7mm機関銃の乱射が開始された。ハルヒが口からつばを飛ばして反撃の指示を出している。 『だから、CREATE権限を最大に利用して、敵性戦闘物体への反撃を行いたいと考えている。 短時間かつ広範囲に対してダメージを行う方法を採用するつもり』 「具体的に何をする気なんだ?」 俺の問いかけに、長門はしばし考えるように沈黙して、 『航空機による空爆を実施する』 ◇◇◇◇ 思わずくらっと来たね。まさか、長門から空爆なんて言う地球人類的な発言が出るとは思っていなかったがとか そんなことはどうでもよくて、敵が一網打尽にできるなら反対する理由なんてどこにもない。 俺は長門との無線連絡を終了すると、ハルヒの元に行き、 「おいハルヒ。長門からの報告だ。すごい攻撃方法を実行するって言っていたぞ!」 「すごいって何よ!?」 「空爆だとよ!」 「すごいじゃない! 何でも良いから早くやっちゃって!」 ハルヒは俺の言ったことを理解しているのしていないのか、もはや何で今頃なんて考える余裕すらないのか。 まあ、深く考えてくれない方がこっちとしても好都合だ。 だが、ここに来て敵の攻撃が苛烈さを極めてきた。どうやら、これ以上、シェルエット野郎を増産できないことに 感づいたらしい。残っている戦力だけでこっちをつぶしにかかってきたみたいだな。 「キョン! 撃ちまくって敵を後退させるのよ!」 「言われんでもわかっているさ!」 とにかく動いているものにめがけて撃つ。俺はそれだけを考えて引き金を引きまくった。 だが、敵も必死なのか今まで以上の命中精度で俺たちに銃撃を加え始めた。あっちこっちで銃撃を受けた生徒たちの悲鳴が上がる。 ハルヒもだんだん焦りだして、 「有希の言う空爆ってまだなの!?」 「もう少しだろ! 今はあいつを信じて待つしかない!」 そう俺が怒鳴り返したときだった。何かのエンジン音みたいなものが銃声音の隙間から聞こえてくることに気がつく。 雲一つない満月の夜空を見上げると、飛行機が2機俺たちの頭上を飛んでいるのが目に入った。 満月とはいえ、さすがに夜ではシェルエットしか確認できないが、テレビとかでよく見る戦闘機に比べて、 主翼が直線にのびる翼で、尾翼の前にターボエンジンぽいものが2つ乗っかるようにある。なんだありゃ。 地球的デザイン+宇宙人的センスが混じったような変な機体だ。いや、でも今俺があれを見てなんなのか理解できないって事は、 敵が俺の頭の中にねじ込んだ知識の中にはないって事、つまり想定外のものが出現したって事だ。ざまあみやがれ。 しばらくその変な飛行機は俺たちの上空を飛び回っていたが、いっこうに攻撃を開始しようとはしない。 と、長門からの連絡が俺に入る。 『予定通り攻撃機の構築は完了した。しかし、問題が発生している』 「どうしたんだ?」 『あなたと涼宮ハルヒのいる位置と敵のいる位置の境界線が不明。このままではあなたたちを誤射する危険がある』 そりゃ勘弁してほしいね。ここまで来て味方に吹っ飛ばされたら無念どころではすまないだろうからな。 『正確に言えば、あなたと涼宮ハルヒの位置は完全に確認している。この世界を構築した者の視認モードでは 涼宮ハルヒ本人とそれに関わりのある人間はどこでも捕捉できるようにされていた』 なるほどな。だから、ハルヒも俺も今までろくな怪我もせずにいたってわけか。意図的に俺たちから狙いを外して。 そして、逆に殺害の時間が来たらきっちり確実に仕留めると。 『だから、あなたたちを誤って攻撃する可能性はない。しかし、その他の生徒たちは敵性戦闘物体と 認識レベルが同等になっている。今の情報制御状態では、それを判別することはできない。 地図から入手している情報で誤射の確率は限りなく低いが、ゼロにはならない状態』 「誤射する可能性はどのくらいあるんだ?」 長門は考えているのかしばらく沈黙した後、 『3%以下』 「……そうか。ならやめておいたほうがいいな」 『やめてたほうがいい』 俺はしばし考える。たかが3%とはいえ、それが見事的中してしまえばしゃれにならない事態だ。 ハルヒにかける精神的負担も今までの比ではない。わざわざ敵の目的に荷担するようなものである。 「まだ時間があるが、日が昇るまで待つってのはどうだ? それなら確認もしやすくなるはずだ」 『無理。敵性戦闘物体は攻勢を強めている。今のままではあなたたちは朝まで持たない。確実に全滅する』 長門の言葉を証明するように俺の近くにいた生徒が銃撃を受けて倒れる。一体この数時間でどれだけの生徒がやられた? ひょっとしたらもう俺とハルヒぐらいしかいないんじゃないか。どのみち、このままでは持たないのは確実だろう。 ならばどうにかして長門に攻撃位置を知らせる必要があるが、激戦状態の前線基地に来させるわけにもいかない。 「……待てよ。俺とハルヒの位置は確実に特定できるんだよな」 『そう』 俺はぴんと来て、長門に作戦の概要を説明する。長門は少し考えるように黙った後、 『わかった。あなたに任せる』 そう了承した。さてと、問題はハルヒだな。 「おいハルヒ」 「有希は何か言っていたの!? はやく、空爆でも何でも良いからやってくれないとこっちが持たないわ!」 M14をひたすら撃ちまくりながらハルヒ。俺はとりあえず長門が攻撃できない理由を端的に説明してやる。 ハルヒは眉をひそめて、 「それじゃ仕方ないわね。あーうまくいかないもんだわ! また別の手を考えないと!」 「そこで一つ提案があるんだが」 「何よ?」 ハルヒが疑惑の目を向ける。今までハルヒ総大将の意向を無視してやりたい放題だったおかげで すっかり警戒されちまっているな。 「俺が敵の位置を知らせるために、敵の居場所につっこむ。そこで銃を上空に向けて長門に位置を知らせる。 そして、俺が戻った後に長門がそこにめがけて攻撃するってわけだ」 「ダメよ! ダメに決まっているじゃない!」 やっぱり反対しやがった。 「どーしてもそれしかないってなら、あたしが行くわ! それならいいけど!」 俺はいきり立って眉毛をつり上げるハルヒの頬をそっとなでてやると、 「お前は総大将だろう? ここにいて他の連中を守ってやる義務がある。こういう突撃役は俺みたいな下っ端の仕事さ。 心配すんなって。死ぬつもりはねぇよ。お前の援護次第だがな」 俺の言葉にハルヒは口をへの字に曲げて抗議の表情を見せていたが、 「わ、わかったわよ……! 任せるからしっかりやりなさい! こっちもしっかり援護するから!」 なんだかんだで了承するハルヒだ。他に方法がないことを理解しているのだろう。 俺は無線機を背中に背負う。目的地に到着次第、長門に連絡しないとならないからな。 「ハルヒ! こっちはいつでもいいぞ!」 「わかったわ! いいみんな! 合図とともに一斉射撃よ。とはいってもでたらめに狙っても意味がないわ! 屋根の上とか窓とかにいる敵を確実に仕留めなさい! いいわね!」 了解!と周りの生徒たちが返事する。頼もしいぜ。 「行くわよ――キョン行って!」 ハルヒとその他生徒たちが一斉に前面の民家に向けて射撃を開始する。窓やら屋根やらにいたシェルエット野郎が 次々に飛散していった。それを確認すると俺は前線基地の建物から飛び出し、前方の住宅地帯に飛び込む。 俺は叫びながらひたすら路地を突っ走った。とにかく、敵の注意をこっちに引きつけなけりゃならん。 そうすりゃ長門の空爆もやりやすくなるってもんだ。 そこら中から放たれる銃弾を奇跡的にもかわし続け、俺は住宅地帯の真ん中あたりに到着し、 適当な民家の中に飛び込む。どたどたと中にいた敵が驚いて撃ちまくってくるが、俺は的確にそいつらを仕留める。 やれやれ、ずいぶん射撃もうまくなっち待ったもんだ。 俺は敵がいなくなったのを確認すると無線機を取り、 「おい長門! 目的についたぞ。俺の位置は把握できているか?」 『問題ない。はっきりと確認できている』 「よかった。じゃあ、ハルヒのいる位置と俺のいる位置がわかるな? そこが味方のいる位置で、 俺が敵のいる位置だ――と!」 また一人のシェルエット野郎が民家に乗り込んできたので射殺する。長居はまずい。 「ハルヒのいる位置から俺のいる位置の間は攻撃するな。敵はいるが味方に近すぎで誤射の可能性がある。 俺よりも北側ならどれだけ攻撃しても良い。派手にやってくれ!」 『わかった。即刻そこから涼宮ハルヒのいる位置まで戻って』 「言われんでもわかっているさ!」 俺は無線を終了させると、外に飛び出そうとするが―― 「うわっ!」 俺は悲鳴を上げて、民家の中に逃げ戻った。何せ民家の窓、路地の陰から俺にAKを構えているシェルエット野郎が 見えたからだ。それも数十人規模で。ほどなくして、俺にめがけて乱射が開始される。 必死に頭を抱えて室内の壁に身を寄せて、銃撃に耐えるもののこのままじゃいずれ民家内に侵入される! 「どっちみちかわらねぇなら……!」 俺は無線を取り、 「長門! 俺の位置ははっきりとわかっているんだな!?」 『わかっている。だから早く逃げて』 「すまんが、今のままじゃ逃げられそうにねぇな。だから、俺に構わず撃て。といっても俺に当たらないようにな!」 『……危険すぎる。できない』 「いいからやれ! このままじゃやられるだけだ!」 『…………』 「おまえならできるさ。十分信頼できると思っている。だからやってくれ」 長門はしばらく黙っていたが、やがて絞り出すような声で、 『わかった。今から空爆を実施する』 「ああ、悪いな」 『有希、待ちなさい!』 突然割り込んできたのはハルヒの声だ。こいつ、盗み聞きしてやがったな・ 『やめて有希! キョンが……キョンが死んじゃう!』 『大丈夫。当たらない。絶対に当てない』 『無理よ! こんな乱戦じゃ!』 「ハルヒ!」 俺の一喝でハルヒの叫び声が止まる。 「……長門を信じてやれ」 そう言ったが、ハルヒはこれ以上何も言ってこなかった。俺はそれを了承と受け取ると、 「長門、頼む」 『了解』 長門からの返事とともに敵からの銃撃がやんだ。そして、一瞬辺りが静まりかえったと思いきや、 突然、耳をえぐるようなブオオオオという回転音ようなものが響く。 「――うおぁ!?」 情けない声を上げてしまったが勘弁してくれ。何せ窓から見えていた隣の民家が根こそぎ吹っ飛ばされたんだからな。 爆弾じゃないぞ。何だ今のは!? 疑問に思っている暇もなく、また同じ轟音が響き今度は別の民家が消し飛んだ。あれに当たったら12.7mmどころじゃない。 跡形もなく消し飛ぶぞ! しばらく長門の空爆らしき攻撃が続いたが、 『あなたの周辺の敵は一掃した。今の内に前線基地まで戻って』 「助かった。ありがとうな!」 俺は長門に礼を言うと民家から飛び出して、 ――愕然とした。何せ俺のいた民家の周りの家がことごとく木っ端みじんに粉砕されているからだ。 長門の奴、なんて容赦のないものを持ち出してくるんだ。 しかし、それでも敵はしつこい。がれきになった民家の陰からしつこく銃撃を加えてきやがる。 俺はそれに撃ち返しつつ、前線基地に走り出す。見れば、また俺の頭上を1機のあの奇妙な飛行機が飛んでいった。 そして、息も切れ切れになりながら、ハルヒのいる建物に飛び込む。 そのまま大の字で仰向けに酸素補給活動をしていたが、隣にハルヒが立っているのに気がついた。 ああ、あの眉間のしわ寄せ具合を見ればどれだけ頭に来ているのか、すぐわかるな。 「この――バカ!」 ハルヒの罵倒がなぜか心地よかった。 ◇◇◇◇ さて、帰ってきたとはいえまだまだ戦闘は継続中だ。前線基地周辺にいる敵は長門の空爆対象外だからな。 こっちでつぶさなきゃならん。ちなみに空を飛ぶ攻撃機はしばらくガトリング砲らしきものを撃ちまくっていたが、 続けてミサイルやら爆弾の投下が開始された。 「その調子よ、有希! 徹底的にやっちゃって!」 『了解。しかし、補給が必要。攻撃機の入れ替えを行う』 さすがに弾切れを起こしたのか、2機の攻撃機があさって方向に飛び去っていった――と思ったら、 今度は8機出現だ! 長門の奴、本気で容赦する気ねぇな。 『敵の新手が何かしてそちらに向かっているのを確認した。これから攻撃機の半数はそちらの迎撃に向かう』 「新手!? 今度はいったい何なのよ!」 『……確認した。T-72戦車数十両』 長門の報告に顔を見合わせるハルヒと俺。やつら、切り札を残してやがったな。 「冗談じゃねえぞ。そんなもんがここに来られたら対抗手段がねえ」 『任せて、あなたたちのところへは一両も到達させないから』 長門航空部隊の半数が北上し、ミサイルなどで敵の戦車部隊がいると思われる場所へ攻撃を開始した。 しかし、敵も猛烈な対空砲火で応戦を開始する。攻撃機と戦車のガチンコ勝負だ。身近でみたいとは思わないが、 かなり痛快なシチュエーションだろう。 「ちょっと有希大丈夫なの!? あんなに攻撃を受けたら撃ち落とされるんじゃ――」 『大丈夫。この機体は数十発程度の被弾では落ちない』 長門、おまえ一体何を持ち出してきたんだ? とにかく、そっちは任せるぞ。 俺たちはしつこく迫るシェルエット野郎に応戦を続ける。しかし、こっちの負傷者増大でもはや限界だ。 長門の空爆で敵の戦力は格段に落ちたが、それでもまだ向こうの方が有利だ。 増援がほしいがこれ以上は無理と来ている。 「ハルヒ! もう持たないぞ! どうするんだ!?」 「…………」 ハルヒはあからさまに苦悩の表情を浮かべて迷っていた。学校まで戻るか、それともここで徹底抗戦か。 前者ならもう少し粘れるかもしれないが、学校への直接攻撃を許すことになる。 おまけにここにいる負傷者を回収するのは無理だ。置き去りにするしかなくなる。しかし、後者ではもう持たないのだ。 と、そこでまた長門からの連絡が入る。 『そちらに新しい戦力を送った。3人ほど。操縦が可能な車両も供与してある』 3人? 何でそんな中途半端な増援なんだ? しばらくすると猛スピードでジープぽい車両が俺たちの前に現れた。そして、その座席から現れたのは、 「森さん? それに新川さんも」 ハルヒが素っ頓狂な声を上げる。そう現れたのは古泉と同じ「機関」なる組織にいる二人だ。 どうしてこんなところにいるんだ? そんな俺の疑問にも答えず、迷彩服に身を包んだ森さんは、 「救援としてやって参りました。古泉のことは聞いています。彼の代わりとしてあなたたちを援護します」 「短い付き合いになりますでしょうが、できるだけの事はしますので。指示をお願いできますかな」 新川さんも同調する。いや、もう何でとかはどうでもいい。長門が何とかしたんだろということにしておこう。 とにかく、今は乗り切る方が最優先だ。ハルヒも特に深く追求するつもりはないらしく、 森さん新川さんにせっせと指示を出している。ところで、やってきた車両の銃座で12.7mm機関銃を撃ちまくっているのは誰だ? どうも女性らしいその人はさっきからハルヒの方をしきりに気にしつつ、近くにいなくなったことを確認してから 俺の方に手を振った――って、朝比奈さん(大)かあれ! 「キョンくん、こんにちわ」 くいっとヘルメットを持ち上げて見せたその顔は間違いなく朝比奈さん(大)だった。 あの長い髪の毛をヘルメットの中にしまっているらしく、全然気がつかなかった。 「驚きました。だって、全然こんなことをやった覚えがないんですから」 「……どうやって、ここに来たんですか?」 「それは禁則事項です」 とまあいつもの秘密主義者ぷりを発揮すると、また12.7mmを撃ちまくり始める。全く何がどうやっているのやら。 北方での長門航空部隊と敵戦車部隊の死闘はさらに激しさを増しているらしい。 いつのまにやら10機以上に増大した攻撃機が爆撃を続けている。 一方の俺たちは、何とか3人の増援を手にしたおかげで少しばかり――どころか圧倒的に状況が改善した。 特に森さんと新川さんがすごい。どこかで特別な訓練でも受けているのか、狙った獲物ははずさないモードだ。 次々と敵を打ち倒していくんで俺のやることがなくなったほどだ。ちなみに朝比奈さん(大)は とにかく12.7mmを撃ちまくっているんだが、いっこうに敵に命中しないのはらしいと言ってしまって良いのかな? それから数時間、激闘が続く。眠気すら起きず、汗もだくだくで俺はひたすら撃ちまくった。 ハルヒも森さん、新川さん、朝比奈さん(大)、そしてその他の生徒たちも。 そして、もうすぐ日が上がろうと空が黒から青に変わろうとしていたとき、 『敵性戦闘物体の完全消滅を確認。同時にこちらはUPDATEとDELETE権限を確保した。 もう攻撃してくるものは存在しない』 長門から入った連絡。それを聞いたとたん、俺は力が抜けて座り込んでしまった。終わりか。やっと終わりなんだな。 ハルヒもM14をほっぽり出して、地面に大の字になる。他の生徒たちもがっくりと力尽きたように座り込み始めた 「キョン、ねえキョン」 「何だ?」 「……終わったのよね」 「ああ、もう終わりだ」 「そう……」 ハルヒは呆然言った。なんてこった。何かをやり遂げた後は大抵爽快感とか達成感とかが生まれるもんだと思っていたのに、 今の俺たちにはただ終わったという感想しか生まれてこなかった。ただ――虚しいだけだった。 ◇◇◇◇ 学校が見える。何かやたらと懐かしく見える北高の見慣れた校門だ。 俺たちは前線基地からようやく学校に戻って来れた。何せ、負傷者やらなんやらを担いでの移動だ。 さすがに時間がかかる。おっと、トラックを使わなかったのは、全員歩きたかった気分だからだ。特に深い理由はない。 そして、そんなぼろぼろな俺たちを校門で迎えてくれたのは―― 「キョンくーん!」 真っ先に俺に抱きついてきたのは朝比奈さん(小)だ。俺に抱きついて泣きじゃくり始める。 「ふえっ……よかったです。古泉くんまで……死んじゃってキョンくんまで……ふえええ」 「何とか乗り切れましたよ。朝比奈さん」 俺がいくら言葉をかけてもひたすら泣き続ける朝比奈さんだった。 ふと、長門と喜緑さんがいることに気がつく。 「よう長門。助かってぜ。ありがとな」 「……そう」 相変わらずリアクションの少ない奴だな。 「ところでだ。森さんや新川さんとあ――は何で突然この世界に出現したんだ? って、あの3人もういねえし!」 振り返ってみれば、森さん、新川さん、朝比奈さん(大)の姿が完全になくなっていた。 まさか、あれは全部俺の妄想とかいうオチじゃないよな? 「あの3人は、この世界に入ろうと試みていた。だから、私が招き入れた。絶対的な人員不足を解消するためには、 少しでも人手が必要だったから」 長門の淡々とした説明を聞く。全く風のように現れて、あっという間に去っていったな。昔のヒーロー番組かよ。 ま、おかげで乗り切れたからいいけどな。 代わりに目に入ったのは、ふらふらと力なく歩く一人の人間――涼宮ハルヒだった。あの威勢のいい早歩きの面影もなく、 まるで水も食料もなく沙漠をさまよってはや数日な状態の歩き方だ。 「おいハルヒ。どこにいくんだよ」 「……ゴメン。一人にさせて」 それだけ言うと、ハルヒは校庭の方に去っていってしまった。精神的負担は想像以上なのかもしれない。 その背中は真っ白になって力尽きてしまっている。大丈夫なのか? 「この空間から元の世界に帰還できるまでしばらく時間がかかる。今は負傷者の手当を優先すべき」 長門の言葉に俺はうなずく。ハルヒのことも心配だが、今はけが人からなんとかしなきゃな。 ◇◇◇◇ 「飲んで」 俺は長門から差し出されたペットボトルの水を飲みほす。 すっかり日が高くなり大体負傷者の手当も終わった。死者117名、負傷者75名。 これが俺たちが出した最終的な犠牲者の統計だ。ようやくこれ以上数えなくて良くなったことはうれしいが、 これだけの生徒たちが傷ついたんだから、手放しで喜べるわけもなかった。 校庭に降りる階段に座り込んでいる俺の隣では朝比奈さんがすーすー寝息を立てている。 何でもこの異常な世界に放り込まれてから、一睡もしていなかったらしい。 この狂気の世界じゃ眠る気にもなれなかったのだろう。 「で、いつになったら俺たちは元の世界に戻れるんだ?」 俺の質問に長門は、 「もうすぐ。この世界との情報連結状態の解除が完了する。第1段階として、涼宮ハルヒたちに関わりの薄い生徒たちから 元の世界に帰還することになる」 そう言いながら長門も俺の隣――朝比奈さんの反対側に座り込んだ。そして、続ける。 「それが完了次第、次に私たちが帰還を開始する。現在のところ問題ない」 「……犠牲になった生徒たちは?」 「問題ない。生命活動が停止した時点で元の世界へ帰還されていた。この世界で起こったことの記憶をすべて消去した上で」 「そうかい」 俺はすっと空を見上げた。雲一つない快晴だ。この世界で唯一まともだったのはこの青空ぐらいだったな。 「結局、こんなばかげたことをしでかした奴の目的は何だったんだ?」 「はっきりとは不明。ただ、当初予想していたように涼宮ハルヒに対して精神的負荷をかけることが目的だったのは確実」 「やっぱりそうなんだろうな」 「相手のシナリオはこう。1日目は涼宮ハルヒに近い人間には手を出さず、関わりの薄い人間への攻撃を強める。 2日目午前、いったん危機的状態に追い込む。この時点で近い人間を殺害する」 「そりゃ鶴屋さんのことか? しかし、実際には鶴屋さんはハルヒの命令を無視して戦死してしまったけどな」 「そう。そのためある程度の軌道修正を加えたと思われる。だから、2日目午前の攻撃は規模が大きくなかった。 そして、午後あなたの生命活動を停止させない程度の負傷を追わせた後、古泉一樹を殺害する」 「……前線基地の最西端に俺が移動したのも敵の思惑通りだったてのか。全く陰険な連中だぜ。 んで、古泉は予定通りヘリごと撃ち落としたと。まるで敵の手のひらで踊っていただけじゃねえか」 長門は少しだけ首を傾けて、 「仕方がない。主導権のすべてを握られていた。抗うことはまず不可能。その後、3日目朝にあなたたちを学校まで撤退させてから 戦車部隊で攻撃開始。そこで、朝比奈みくるとわたしが生命活動停止状態になる。 あとは、期限直前にあなたを殺害し、残るのは涼宮ハルヒ一人だけになるはずだった」 後半はほとんど敵のシナリオ通りにならなかったな。長門が超パワー発動で戦車を片っ端から撃破してくれたし、 俺たちも森さん、新川さんの活躍で――ああ、朝比奈さん(大)もな――敵を打ち負かせた。 「長門さんが情報操作能力を取り戻すことは明らかに想定していなかったんですね」 背後から聞こえてきたのは喜緑さんの声だ。長門は彼女に振り返ろうともせず、 「感謝している。一人では不可能だった」 「いえ、お互い様です」 礼を言いながら決して顔を合わせないところを見ると、どうもこの二人には決定的な溝があるらしい。 今回の一件では共同戦線を取ったが、あくまでも利害が一致したという理由から何だろうな。 今後二人が衝突なんて言う事態にはなってほしくないんだが。 と、喜緑さんが俺の前に立ち、 「そろそろ時間のようです」 そう言って校庭で疲れ切って寝そべっている生徒たちを指さした。彼らはまるで原子分解されるかのごとく、 霧状に身体が飛散し始める。 「帰還の第1段階が始まった。これが終了次第、わたしたちが続くはず」 「はず?」 長門の言葉に違和感を覚えた。まるでそうならない可能性が存在しているみたいじゃないか。 そんな頭の上にはてなマークが浮かぶ俺に、喜緑さんはいつものにこにこ顔で、 「最後に一つだけ問題が出ているんです。それはひょっとしたらこの世界を構築した者の目的が達成しているという可能性です」 「んなバカな。長門や喜緑さんのおかげで敵のシナリオは完全に狂ったんだろ? さぞかし、敵もあわてただろうよ。 目的が何だったか知らんが、これじゃ完全にご破算に決まっているじゃないか」 俺が抗議の声を上げると、今度は長門が立ち上がりながら、 「この世界から【彼ら】が去ったときに少しだけ意志を感じ取れた。間違いなく【彼ら】は目的達成を確信している」 「負け惜しみか、ただの強がりなんじゃねえか?」 俺の反論に喜緑さんは首を振りながら、 「今、帰還の第1段階が終わりました。続いて第2段階に入ります。ですが」 「わたしたちは帰還プロセスが開始されているが、あなたには適用されていない」 はっと気がついた。今、長門と喜緑さん、そして隣で寝息を立てている朝比奈さんは、 先ほどと同じように身体が霧状に飛散し始めていた。だが、俺の身体には全く変化がない。これはまさか…… 「今、この世界の制御権限はわたしにはない。別の人間によって完全に制御下に置かれている」 その長門の説明で俺は確信を持った。ハルヒだ。あいつが何かしでかしている。この後の及んで何を考えてやがるんだ―― 「――そうか。そういうことか」 俺は唐突に理解した。こんな最悪な世界を作り俺たちを放り込んだ連中の目的をだ。どこまでも陰険な奴らなんだよ……! 「あなたに賭ける」 ちりちりと消えつつある長門はいつぞやと同じ事を言った。あの時は何の事やらさっぱりだったが、今ではわかる。 やらなきゃならんことをな。そして、それは俺の意志でもあるんだ。 俺は隣で眠っている朝比奈さんを抱えると、長門に預け、 「朝比奈さんを頼む。それから元の世界に戻る過程で俺たちの記憶も消去されるんだろ?」 俺の問いかけに長門はこくりとうなずく。 「それはありがたいね。こんなばかげた記憶なんて頼んででも消してもらいたいぐらいだったし。 あと、長門自身の記憶も消去されるのか?」 「する。ただし、帰還後に何らかの形で情報統合思念体よりここであったことの情報共有が行われる可能性がある。 それをわたしが拒否する権限はない」 「拒否しちまえよ。何よりもお前の意志を最優先に考えればいいさ」 「…………」 長門は何も答えない。そんなに単純な話じゃないんだろうな。だが、聞きたくないことに対して耳をふさぐぐらいの権利は 認めてもらって当然だと思うぜ? ああ、それから、 「あと、万一元の世界に戻っても俺が違和感とか記憶の断片とかが残っていて、長門に何があったとか聞いていたら、 教えないでくれないか? ここの事を知って入ればの話だけどな。ま、俺がそう言っていたと言ったら、 そのときの俺も納得するだろ。こんなことは中途半端に知ってもつらくなるだけだからな」 「わかった。そうする」 もう長門の身体は完全に消えようとしていた。そして、最後にかけられた言葉。 「また部室で」 それだけ告げると、長門、朝比奈さん、喜緑さんは消滅した。 全く、鶴屋さんはまた学校で。古泉はまた部室で。長門もまた部室で、か。 俺は辺りを軽く見回して見たが、他には誰もいなかった。今この世界にいるのは俺と―― 「ハルヒだけか。とりあえず、あいつを捜すとするかな」 ◇◇◇◇ 「ハルヒ」 学校の屋上で呆然と立ちつくすハルヒを発見できたのは、学校探索を開始してから数十分後。 全く滅多に来ないような場所にいるもんだから見つけるのに時間がかかっちまった。 俺の呼びかけにもハルヒは答えようともせず、こちらに背を向けてただ学校周辺を見ていた。 とにかく、こっちから近づくしかないな。 「なにやってんだよ」 俺はハルヒの横に立つ。だが、ハルヒは顔を背けてしまった。屋上をなでる風が髪の毛を揺らした。 しばらく、そのまま時間が過ぎた。ハルヒはたまにしゃくりあげるように肩を動かしていたが、 決してこちらに顔を向けようとはしない。俺は嘆息して、 「なあハルヒ。辛いことはたくさんあっとは思うが、もう終わったんだ。これ以上ここにいたって意味ないだろ? とっとと元の世界に帰ってまたSOS団で楽しく――」 俺が口を止めたのは、唐突にハルヒがこちらに顔を向けたからだ。それは――なんというか―― ……なんてツラしてやがるんだ…… 絶句するしかなかった。ハルヒのこんな表情なんて見たこともなかった。言語なんぞで表現できるわけもない。 それほどまでに絶望的に染まった顔だった。 くそっ……忌々しい。ああ忌々しいさ! こんなばかげた舞台を作り上げた奴らが勝利を確信するわけだ。 ハルヒのこんな顔を見れば誰だってそう思うさ。なんて事しやがったんだ! ハルヒはしきりに俺に向かって何かを言おうとしているようだった。しかし、言葉にならないのか、 何かの思いが口の動きを阻害しているのか、口を動かそうとしてはまた手で押さえるという動作を繰り返した。 そして、ようやく口にできた言葉は、 「……自分が許せない……」 無理やりのどからひねり出した声。あまりに痛々しいそれは聞くだけでも苦痛を感じるほどだ。 だが、一つ言葉をはき出せたせいか、次々と口から声がこぼれ始める。 「死者117人。負傷者76人。これだけ犠牲を出しておきながらあたしは傷一つ負っていないなんて! あたしは何で無傷なのよ……」 ハルヒが背負ったのはSOS団のメンバーだけじゃない。クラスメイトの生徒どころか、この世界に放り込まれるまで 名前も顔も知らない生徒の命まで背負っていた。俺たちみたいに頭の中をいじくりまわされていたならさておき、 素のままだったハルヒが背負った重圧はどれほどのものだったのか。想像することすら適わない。 「最初はみんなを守れるって思っていた! でも途中から守りたいになって――そのうちできないんじゃないかとか、 何でこんな事やっているんだろうとか、最後には自分がバカみたいになってきて……!」 ハルヒの独白に俺はただ黙って聞いていることしかできなかった。 「これだけの犠牲を出しておいて、元の世界に戻った後にどんな顔をしてみんなに会えばいいのよ! できるわけないじゃない! あれだけ――あれだけ信頼してくれていたのにあたしは……あたしは!」 「ハルヒ」 とっさに錯乱寸前のハルヒを抱きしめた。それはもう強く強くだ。 俺自身も耐えられなかった。こんなに苦しむハルヒを見続けたくなかった。 抱きしめてもハルヒは全く抵抗もしなかった。ただ俺に身を預けてしゃくり上げ続けている。 俺は落ち着かせるようにハルヒの背中をさすりながら、 「もういい。もういいんだ。終わったんだよ。全部終わりだ。こんな悪夢を見続ける必要なんてない。 いい加減、俺も疲れたしお前も疲れただろ? そろそろ目を覚まそうぜ。起きれば、また何もかも元通りさ。 こんなバカみたいな悪夢なんてすぐに忘れるほどに遊べばいい。不思議探索ツアーでも何でもしよう。 俺はまだまだSOS団の一員でいたいんだ」 すっと俺とハルヒの身体が発光し始めた。そうだハルヒ、それでいい。帰ろう。またあの部室に。 「また……また、一緒に……」 「わかっている。もう何も言うな……」 意識が暗転し始める。ようやく終わってくれる。この地獄の3日間が―― ◇◇◇◇ これを仕組んだ者の目的。それは涼宮ハルヒという人間を精神的に追いつめ、この世界に閉じこめること。 それもハルヒ自らがそう望むようにし向けることだったんだ。今まで閉鎖空間を作り出し、 その中であの化け物を暴れさせていた時は、ストレスを外側に向けていた。だから、何かを破壊するという行動になっていた。 だが、今回はじりじりとハルヒは追いつめられていった。世界や他人に絶望する前に、まず自分に絶望するようになった。 最後にハルヒがたどり着いた先は元の世界への帰還拒否。こんなダメで無能な自分のせいでたくさんの人が傷ついたのに、 どうして無傷な自分が帰れるのか。一体どんな顔をして仲間たちに顔を合わせればいいのか。 そんな考えに陥れば、誰だって帰りたくなくなるさ。 その後に奴らが何を考えていたのか知りたくもないし、どっちみちもうわからないだろう。 ………… でもな、甘いんだよ。ハルヒが帰ってこないと困る人間だっているんだ。俺はまだハルヒと一緒にいたい。 あのときに味わったような喪失感は二度とご免だ。どんな手段を持ってもハルヒを連れて帰る。 ――それが俺の意志だ。 ~~エピローグへ~~
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今日は週に1度の不思議探索の日。俺は普段通り集合時間の30分前には到着する予定で歩いている。 そのとき突然ハルヒからの電話があった ハ「今日は中止にして。あたし熱出しちゃったから。みんなにはあんたから言っておいて・・・」 集合場所に着くと、やはりみんなもう着いていた。 キ「今日はハルヒが熱出したから中止だ。さっき電話があった。」 長「・・・そう。」 朝「涼宮さんは平気なんでしょうか・・・」 キ「どうでしょう。元気の無い声してましたけど、電話できるくらいなら平気だと思いますよ。」 古「・・・わかりました。それではこのまま解散でよろしいですか?」 古泉はこういうときだけ副団長の役割をしていると思う。 キ「いいんじゃないか。長門も朝比奈さんもいいですよね?」 朝「あ、はい。」長「・・・いい。」 古「それでは解散ということで。」 朝「あ、キョン君。涼宮さんのお見舞いに行ってあげてくださいね。」 キ「はあ・・・でもそれならみんなで行った方が・・・」 朝「みんなで行ったら迷惑になりますから。」 長「・・・貴方一人の方がいい。」 おいおい長門まで・・・ 古「僕もそのほうがいいとおもいますよ。」 古泉、お前もか。 キ「ふぅ・・・行くだけ行ってみるか。」 俺一人が行こうがみんなで行こうが迷惑なのは変わらないようなきがするんだが。 そう思いつつもハルヒに電話をした。 キ「よう。元気か」 ハ「元気じゃないわね、熱が出たって言ったの聞いてなかったの?」 キ「聞いていたとも。今から見舞いにいくからおとなしくしてろよ。」 ハ「ちょっ、キョン!!こ、こなくて(ry」 俺はハルヒが何か言う前に電話を切っていた。ピンポーン。 キ「よう。ハルヒ。・・・何でそんな格好してるんだ?」 ハルヒはこれから出かけるのではないかというような格好をしていた。 それも額に冷却シートをはったまま。 ハ「だ、だって、急にキョンがくるなんていうから・・・///」 キ「それは・・・悪かった。そんなことより起きていていいのか?」 ハ「あんたがチャイムならしたからわざわざむかえにk・・・」 クラッとハルヒは倒れかかった。 俺はハルヒを両手で支え、 キ「おっと、そんな格好してるからだぞ。熱が出てるときぐらいパジャマで布団に寝てろ。」 ハ「わかったわよ・・・でも、起き上がれそうに無いの。」・・・ってことはこのまま運べと? キ「本当か?うそなんてこと無いか?」 ハ「本当に体が重いの。」俺は仕方なくお姫様抱っこのままハルヒの部屋まであがった。 そのときのハルヒの顔は終始真っ赤だった。 ハルヒに聞いてみると「熱だから仕方ないのよ。」 まぁ俺の顔も赤くなっていたことは秘密だ。 ハルヒの部屋は初めてではないが、女の子の部屋っていうのは入るたびに緊張するものだな。 ハルヒをベットに寝かせた後俺はその辺に腰掛けた。 キ「ハルヒ、大丈夫か。」 ハ「大丈夫じゃないわ。こんな格好してるし、さっき無駄に声出したから。」 キ「じゃあそのまま寝てろ、やって欲しいことがあるなら聞いてやるから。」 ハ「・・・ありがと。」 ハルヒは俺に聞こえるか聞こえないくらいの声でそういった。 だが俺にはちゃんと聞こえていた。こういうときのハルヒはものすごく可愛い しかし、可愛いと思えたのもつかの間。とんでもないことを言ってきた。 ハ「ねぇ、キョン。///」 キ「なんだ?」 ハ「この服着替えさせてくれない・・・//////」 キ「ぶふぅ!! やって欲しいことがあるならやってやるといったが、それはないだろ・・・///」 ハ「だ、だって・・・この格好じゃ寝にくいじゃない・・・/////」 キ「でもな、ハルヒ。俺がやるってことは ハ「じゃあいいわよ。」 そういってハルヒはそのまま俺に背中を向けて寝てしまった。 キ「・・・ハルヒ。悪かった。でも流石に俺にはそれはできない。他のことなら聞いてやれるから・・・機嫌直してくれ。」 そういうとハルヒはこっちを向き、 ハ「じゃぁ、しばらく手握ってていい・・・////」 キ「そ、それなら・・//////」 俺はそのままハルヒが寝付くまでずっと手を握っていた。 一生その手を離したくないと思いながら・・・ おわり
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ねぇ、キョン。 ねぇ、キョン、返事をして? ねぇ、キョン・・・。 聞いて、あたしの話を聞いて。 キョン! ねぇ、キョン。 あなたはあたしを裏切らないよね? ハルヒの声がした。 ハルヒが俺の名前を呼んでいる。 どうしたんだハルヒ? 目を開けて起き上がると、そこは色も音も無いただ真っ黒な空間に俺は居た。 見渡すほどの広さも感じられない。ただ黒一色の空間。 足元もフワフワとして、まるで星一つ無い宇宙空間に放り出されたようだ。 俺は確かベッドで眠っていたはずだ。それがどうしてこんな場所に居るんだ? まさか例の閉鎖空間とやらに呼ばれてしまったのだろうか。 なら、ハルヒもこの場所に居るはずだ。どこにいるんだ、ハルヒ。 「ハルヒ!」 ハルヒの名前を呼ぶ。だが返事は無い。 ハルヒの声がして、この妙な空間・・・閉鎖空間だと思ったが違うのか? なら、例の急進派か? 「ハルヒ!おい、返事をしてくれ!ハルヒ!」 もう一度ハルヒを呼ぶ。・・・やはり、返事は無い。 キョン! キョン! キョン! どうして返事をしてくれないの? ・・・・。 ・・・・。 ・・・。 キ ョ ン ! ! 『・・・ョ・・・ン・・・・・キョ・・・・!・・・・ョ・・・』 微かに、だが確かにハルヒの声が聞こえた。やっぱりハルヒはここにいるのか? 「ハルヒーーーっ!!ハルヒ!!どこだ、おーい!!」 大声を出してハルヒの名前を呼ぶ。だが一向に返事は無い。 ・・・どうなっているんだ?ハルヒじゃないなら長門、古泉の誰でも良い。返事をしてくれ。 『 キ ョ ン ! ! 』 突然、この空間全体が揺れるほど大きい声で俺の名前が叫ばれた。 実際、 ず ず ず ず ず ず どっ どっ どっ と辺りが激しくゆれ出した。 ゆれ出した空間の一部が、ぐにゃりと歪む。 それはだんだんと色が付き、ますます歪みを増してゆく。 ぐにゃ その歪みは、だんだんと、ある人間の顔を模してゆく。 「・・・ハルヒ・・・・・・・!?」 空間に浮かんだ歪みは、ハルヒの顔になった。 その顔は笑って、俺を見下ろしている。 呆然とそれを見上げていると、また空間の一部から腕が二本飛び出して俺の体を無理矢理掴んだ。 つ か ま え た ぁ ! 大 好 き よ 、 キ ョ ン ! おわり
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涼宮ハルヒの異界Ⅳ 「ということは涼宮さんに涼宮さんの能力のことを告げたのですか!?」 珍しく古泉の表情からは笑みが消え、目を見開き、どこか茫然自失としているようでもある。 「仕方ないだろ。もうそれしかなかったんだ」 もっとも俺はしれっと返してやる。 当たり前だ。俺はハルヒに告げたことをまったく後悔していないからな。古泉の心情は相当焦っているだろうけど、あえて今の俺の気持ちを表現するなら古泉の気持ちに対する答えは「だから?」だ。 そうさ。 ハルヒがハルヒの力を知ったからどうだってんだ? 今さらながら思うがハルヒに隠し続けてきたことなど本当に些細なことでしかない。 「別にたいした問題じゃない。知らなかったことを知った。ただそれだけだ」 「ただそれだけって……」 古泉が心底困ったように首を振りながら、どこか俺を非難するように、 「いいですか。涼宮さんには世界を思い通りに変革する力があるのですよ。それを自覚してしまうということは――」 「あ、その点は心配しなくていい。俺がハルヒに教えたのは『ハルヒに新しい世界を生み出す力がある』ってことだけだ。世界改変能力については何一つ言っていないぜ」 「同じことです。『新しい世界を生み出せる』ということは『自分の思い通りの世界を創り出せる』と同意語なのです。この世界に変革が起こらなくても、涼宮さんが『不思議』を望めば、それが叶う世界が誕生するということです。それもこれからは無限に」 「いや――それはないな。断言してもいい。ハルヒは絶対に新しい世界を創り出すような真似は今後一切しないはずだ」 俺は真摯な瞳で古泉の仮説を打ち切った。 そうだろ? ハルヒは絶対に新しい世界を創り出そうなんて考えるはずがない。いや考えたとしても間違いなく自重するんだ。 あの時、あの場に居合わせた蒼葉さんを思い出してな。 たった一人で世界を未曽有の危機から救うためにやってきて、しかも命の最後の灯火まで振り絞った戦いを繰り広げたあの雄姿を忘れるなんざ絶対に許されんさ。俺もハルヒもだ。 ハルヒが新しい世界を創造しようとすれば、別の世界が滅びてしまう可能性があることを知ったんだ。いくらあいつでも自分の都合で一つ世界を滅ぼすことがどれほど重罪な所業か理解できたはずだ。 ましてや蒼葉さんはハルヒの心に深く刻みつけられるような言葉も残した。 俺も覚えているあのセリフ。 ――自分の為に世界があるんじゃない。世界の為に自分がいる―― 蒼葉さんは言った。親友や同僚、そして世界中の全ての存在の為に命を賭けて戦うのだと。 ある存在にとっては面白くない世界なのかもしれないが、また別の存在にとってはそれは面白い世界なのかもしれない。世界を楽しいと思う存在もいれば世界に怒りを感じる存在もいる。嬉しいと感じる存在、悲しいと感じる存在だっている。その存在一つ一つにドラマがあり、それは誰にも否定できないことでもある。 それが世界なのだと教えてくれた。 俺は以前、ハルヒに世界はお前を中心に動いていた、なんて言ったがそれは根本的なところで間違っていたことを痛感させられたんだ。 ハルヒだって意味不明な力を持っていようと世界の一部なんだ。それは『力』が意味不明か意味が分かるかの違いでしかない。 いくら不思議な力を持っていようがハルヒを特別扱いすること自体、間違いではないが正解でもないんだ。 蒼葉さんは自らを持って証明してくれた。蒼葉さんだってあれだけの力があるなら世界を変革はできなくても、ある意味、自分の都合よく世界を牛耳られそうなものなのにまったくそれをやるつもりがなかった。自分の力は世界の為にあるとまで思っていたんだ。 これで感銘を受けないとすればそいつはまったく心がない奴だ。 そしてハルヒは自己中心的で傲慢な人間に分類されようとも、鬼畜の域まで堕ちてなんているわけがないんだ。 「まあ、お前のバイトで済む程度の閉鎖空間くらいはこれからも生み出すかもしれないが大した問題じゃないだろ? 新しい現実世界とやらを発生させることに比べればはるかに健全だ」 「いやまあ……しかしですね……」 「なあ、これ以上、意見するのはやめてくれないか」 「え……?」 俺たちは立ち止まり、俺は古泉をどこか睨むような視線で真剣に見つめた。 「これ以上、お前が意地でも異論を挟もうとするなら俺はお前を殴りつけるかもしれん。俺だけじゃない。同じ異論をハルヒにぶつけても同じ反応が返ってくるぜ。だからやめとけ。 それだけのことを俺とハルヒはあっちの世界で出会ったあの人に見せつけられた。 だから、はっきりと言える。お前のバイト程度で済む閉鎖空間なんざ危機の内にも入らん。百歩譲っても、あんなもの単なる小競り合い程度だ。なんなら俺に改造手術を施してあの巨人と戦えるだけの力をくれても構わんぜ。いくらでも手伝ってやる」 これは俺の本音だな。あの時、ただ見ていることしかできなかった自分自身を俺は今でも許せん。 もし、俺にあの巨人と戦える力をくれるなら、是非植え付けてほしいもんだぜ。 んで、朝比奈さんにあの時に連れて行ってもらって蒼葉さんと一緒に戦うんだ。あの人と同様に命をかけてな。 俺の断固たる決意を感じてくれたのか、 「そうですね。少々、自己主張が過ぎたようです。僕はもう何も言いません。あなたや涼宮さんに嫌われることは僕としても本意ではありませんからね。ですが、あっちの巨人のことは僕たちで何とかしますよ。あなたは現実世界で涼宮さんを守ってくだされば僕としては大歓迎です」 「そうか」 俺と古泉は互いに苦笑を浮かべる。 それでいいさ。 「あなたと涼宮ハルヒは五時間、この世界から消えていた」 放課後、文芸部室で窓際から長門が座ったまま、しかし俺に視線を向けて言ってきた。 前回の倍の時間、か……なるほどな…… 「お前にはあっちの世界のことが見えていたのか?」 「見えていた。あの異世界有機生命体のことも見ていた」 だったらぜひとも聞いておきたいことがある。 「今は……?」 思いっきり絞り出すような口調ではあったが問う俺。 当たり前だ。あの人の安否は俺とハルヒにとって何よりも気になるところだからな。 「分からない」 「……」 本来であれば『見えない』が正しい答えなのだが、長門は俺の心情を読み取ってくれた答えを返す。 「向こうの世界の消滅に彼女が巻き込まれたところは見えたが、どこに消えたかまでは分からない。わたしに向こうの世界が見えた理由はこの世界と連結が断たれていなかったため」 「そっか……」 長門を責めるつもりは全くないが俺は落胆した。 実は今日一日、俺の後ろに陣取るハルヒも元気がなかったのである。 仕方ないよな。 俺とハルヒはこっちの世界に戻ってきたが蒼葉さんがどうなったかなんて確認できなかったんだ。無事でいてくれるといいんだが確かめる術がない。 くそ……寝覚めが悪いなんて次元じゃない……説明のしようがないくらい重いものを背負った気分だぜ…… 我知らず、俺は部室の黒板にコブシをぶつけていた。 「キョンくん……」 ポットの傍から俺をいたわる朝比奈さんのか細い声が聞こえ、いつもなら机の向こう側に座って対戦用ボードゲームを俺とやりたくてうずうずした笑顔を見せる古泉も手を組み、両肘を机に付けて笑顔が消えた神妙な面持ちで俺を見つめていた。 ちなみにハルヒは今日、掃除当番だ。もうすぐ来るとは思うが―― がちゃ 扉が静かに開けられる。 誰が入ってきたかなんざ振り向かなくても分かるさ。 俺以上に沈んだ表情を浮かべたハルヒが来た以外に答えはない。 「ねえキョン……」 「ん……」 「あの人……無事かな……?」 「俺も知りたいことだ……」 「だよね……」 俺の横を俯いたまま、ハルヒが通り過ぎる。 こんな辛く悲しげで自責の念に押しつぶされそうな表情のハルヒは見たことがない。 静かに団長席に座って、組んだ手を額につけ今にも泣き出しそうである。 もちろん、朝比奈さん、長門、古泉にハルヒにかける言葉はないし、たぶん見つからない。 声をかけられるのは、 「なあハルヒ」 そう。あの時、現場に一緒にいた俺だけだ。 「お前ひとりの責任じゃない。俺も一緒に背負ってやる。俺がもっと早くあの人に告げていればあんなことにならなかったかもしれんのだからな……」 「ありがと……」 それでもハルヒは面を上げない。 これは相当、重症だな。まあ俺も人のことは言えんが。 こんな俺たちの様子を見ていれば部室の空気も自然と重たくなる。 重苦しい沈黙がこの場を支配して―― ――聞こえる? その沈黙を破ったのは、突然、周りの風景を協調反転させた頭の中に響いてきた軽やかで甲高い声だった。 「うそ……」 と、同時に団長席から茫然としたかすれた声が聞こえてきて、 「これは!?」「え? 何? 何なの?」 古泉の驚嘆の声と朝比奈さんの狼狽のボイスが重なり、長門もまた、無言なのはいつも通りだが信じられないものを見るような瞳で辺りに視線を這わせている。 むろん、俺も絶句したままだ。 ――随分と驚かせちゃったみたいだけど――あの時のお二人さんはここにいるわよね? 「本当に……蒼葉さん……なの……?」 ハルヒが愕然としたまま問う声が聞こえたのだが、 ――もちろんよ。ああ良かった。間違えたかと思ったじゃない―― ハルヒの問いに答えてくれた頭の中の声には安堵の気持ちが如実に表れていた。 「無事だったんだね!」 ハルヒの声に張りと明るさが戻ってきた。まあ俺も同じ気分だ。こんな嬉しいことはそうそうない。去年の十二月二十一日に匹敵する幸福感だ。 ――まあね。んでさ、あの時の別れ方だとあなたと彼に、とびっきりの不安感を与えてしまったんじゃないかと思ってさ。世界消失と同時に私は自分の生きる世界に、あなたたちはあなたたちの生きる世界に戻ったはずだもんね。でも私は意識不明のままだった。てことで、あなたたちに心配かけてると思って、どうにかして連絡しないと、と考えたって訳―― 「ううん。蒼葉さんが無事ならそれでいいよ。あ、でもそれを確認できたのは嬉しいかな?」 ハルヒに笑顔も戻ってきた。分かるぞハルヒ。俺も心の底から笑いたい気分だからな。 ん? なにやらコホンという咳ばらいが聞こえたような気がしたけど……とりあえず気を取り直したってことか? ――確か、あんたたちには魔石を預けてあったはずだから、あとはこっちの世界のみんなに協力してもらってなんとか声だけは届けられたわ――さすがにテレポテーションは無理っぽいわね――それとその魔石もテレパシー通信ができるのは一回だけ――でさ、どうしても、あの時のお礼を言いたくて―― 「お礼?」 ――うん、ありがとう――あなたたち二人のおかげで私たちの世界は救われたの。あなたたちがあっちの世界の創造主を見つけてくれて新世界創造を止めさせてくれたんでしょ? というか私が生きて元の世界に戻れたってことはそれしか考えられないし―― 「ん……」 ハルヒが自嘲の表情を浮かべて少し俯いた。まあ気持ちは分からんでもない。蒼葉さんと蒼葉さんの住む世界を危機に陥れた張本人がハルヒなんだ。にも関わらず、お礼を言われれば誰だって複雑な気持ちになるってもんだ。いくら蒼葉さんは真実を知らないと言ってもな。 ――ふふ。謙遜なんてしなくていいわよ。あなたたち二人は私たちにとって救世主。こっちの世界であなたたちのことは永久に語り継がれていくかもね―― なんだか茶目っ気たっぷりの蒼葉さんの笑顔が頭に浮かんで、 「あ、あのね!」 ハルヒが何かを言いかけたことを俺は自分の右手人差し指で、ハルヒの口を遮った。 当然ハルヒは俺に戸惑いの視線を向けてくるが、俺はウインクまでして苦笑を返す。 謝るなら面と向かって、だろ? 視線にそういう意味を込めてな。もちろん、ハルヒも瞬時に理解してくれた。 ――どうしたの? ちと間が空いたのを向こうでいぶかしげに思ったのか? しかしハルヒはとびっきりの笑顔で続けた。もちろん別の言葉であり、俺の想像通りの言葉を。 「また会えるかな?」 その答えは―― ~エピローグ~ その後のことを少しだけ話そう。 ハルヒは長門が宇宙人で、朝比奈さんが未来人であるってことを知ったわけだが、どうやら宇宙や未来に連れて行け、と言い出すんじゃないかと冷や冷やしていた俺の考えは杞憂に終わったらしい。 まあ時折、と言うか今も長門には宇宙人のことをほしがっていたおもちゃを手に入れて目の前にした子供のような笑顔で訊いているけどな。 長門も律儀に受け答えしているぜ。俺には意味不明の単語も混じっていたが、それも含めてハルヒから興味津々という爛々とした瞳の光は陰ることはなかったがな。 ちなみに、ハルヒは朝比奈さんにも最初は未来のことを訊こうとしていたが早々と断念した。 朝比奈さんの「禁則事項です」という言葉をあっさり受け入れたからだ。 もっとも朝比奈さんは、俺に告げた時のような、ウインクしながらの右手人差し指を唇に付ける腰が砕けそうな笑顔ではなく、どことなく嫌な汗をいっぱいにかきながらの苦笑満面で、ではあったがな。 それでもハルヒが簡単に引き下がるとはね。 ま、無理もないか。未来の世界を壊したくないんだろうし、もう一つ、未来は知るものじゃなくて創るものだからだ。未来を知ってしまうと夢とか希望とかがなくなってしまうことの同意語なんだ。人間誰しも絶対に失いたくないものベスト5に確実に入ってくるものの内の二つだ。そりゃハルヒじゃなくたって断念するに決まっている。 古泉についてはそうだな。 まあいずれ話してやるさ。とりあえず、『異世界人』で桁外れの威力を誇る『魔法』という名の『超能力』を振るう存在に出会ってしまったハルヒだ。 もしかしたら、あの巨人一体にさえ集団でかからなきゃならん古泉の超能力では物足りなさを感じてしまうかもしれんし、それでは古泉も立つ瀬がないだろう。 俺と古泉はハルヒと長門のやり取りを横目に捉えながらボードゲームに勤しんでいる。 ハルヒのいないところなら、いつどこでどういうタイミングで古泉が超能力者であることを教えてやろうかと相談するようにもなったんだ。 なかなか答えは見いだせなくて二人して苦笑を浮かべるしかなくなるけどな。 補足するが、週末恒例のSOS団、市内不思議発見パトロールも継続中だ。 何故かって? 仕方ないだろ。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者以外にも不思議なことはこの世に腐るほど存在するんだ。見つけられないだけでな。だから探索目的標的が変わったってことさ。 おっとそうだ。 俺の中でずっと疑問に感じていたことがようやく氷解したんだ。 何かって? おいおい。いつも言ってるじゃないか。 特殊能力を持たない普遍的な超普通の一般人である俺をどうしてハルヒがSOS団に引きずり込んだか、さ。 何のことはない。 ハルヒはジョン・スミスに逢いたかった―― ただそれだけだ。 もっとも、どうしてそう考えるようになったかは分からんがな。 涼宮ハルヒの異界(終)
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キョン「涼宮って頭おかしいんだろ?」 鶴屋「そうね、むこういきましょ?」 ヒソヒソ ハルヒ「・・・・・・・・・・・」 電車が・・・・・・来る・・・・・・・・ あ ハルヒ「団員ども、宇宙人・未来人・異世界人・超能力者その他の不思議を見つけて来た者には 私の唇から直接唾液を与えるーーーッ」 キョン「あぶなーい『何でも溶かしそうな液』だ!」 ハルヒ「(´・ω・`)」 はるひ「………」 ハヒル「………」 八ルヒ「………」 キョン「どうしたんですか?この三人」 朝比奈「なんでも誰がハルヒさんのパチモンかでもめてるんですよ……」 キョン「別にそんなの決めなくても良いじゃん、だって三人ともちゃんとした人間じゃないか」 はるひ「お兄ちゃん」 ハヒル「キョン」 八ルヒ「キョン」 ハルヒ「キョ」 キョン「ただし本物に人権は認められない、だってキモイしwwww」 ハルヒ「………」 ハルヒが鬱病になりました キョン「ハルヒ…」 ハルヒ「うっさい!私に構わないでよ!!」 キョン「おい聞けよ!お前の事なんだよ!大事な事なんだ!これを聞いたらもう口を聞いてくれなくても良い!だから聞いてくれ」 そのキョンの真摯な瞳に私は黙ってしまった ハルヒ「………なんなのよ……」 そして彼の口からつむがれる言葉を待った キョン「授業の妨げになるから学校に来るな」 ハルヒ「………」 ハルヒ「全く、過疎ってどういうわけよ!な~にやってんねんホンマ!」 ハルヒ「そしてわが部室も今日も過疎(´・ω・`)……」 体育の授業で ハルヒ「ねえ!!!・・・誰か一緒にパス練習・・・・」 サッ・・・・・ ハルヒ「あ・・・・・・・」 鶴屋(ごめんね涼宮さん・・・・・) みくる(あいつと話したらゆるさねえかんな?) 朝倉「はい」(・・・・いじめは・・・人間の本能・・・か・・・) 長門(・・・・・・・・) 谷口「あいついつまで持つと思う?」 キョン「かけるか?三週間!」 『涼宮ハルヒの庭球』 ハルヒ「テニスするわよー!」 長門「ぶんぶん!」ナガモーン キョン「長門もう少し手加減しろよ、光速サーブ打つのは良いが全部フォルトだぞ」スパコーン みくる「いくでちゅ、『みくまるビーム』!」ミックルンルン 古泉「さながら『テニスの王女様』という感じですね、次は一人でダブルスですか」ウホホーン ハルヒ「キョン以外は上手いわね!さすが我が団員たち!…………ははは」 ↑上手いことハブられる団長 元祖いじめ ハ「わがSOS団は、文化祭で映画を撮ります!」 キ「古泉ほんとよえぇなお前。はい百円」 古「いやぁ、これでも家で研究してるんですがね」 ハ「配役はもう決めてあるのよ。まずみくるちゃんが戦うウェイトレスで未来人なの」 み「お茶ですよー」 キ「あぁどうも朝比奈さん、今日も似合ってますよ」 み「もう、キョンくんたら。お世辞が上手なんだから」 古「長門さん、何を読んでいるんですか」 長「人間失格」 ハ「それで古泉くんが少年エスパーね。初めは自分の力に気付かないのよ」 古「長門さん太宰ファンですか」 長「けっこう」 キ「あ、お茶っ葉替えましたか?」 み「あ、するどい。あたりー」 ハ「で、有希が宇宙人で古泉くんを狙ってるの」 キ「ひさびさに四人でファミレス行かないか?」 古「いいですね。……奢ってくれるんですか?」 キ「女性限定でな」 み「悪いですよー」 長「感謝する」 涼宮ハルヒの消失(いじめREMIX) キ「はい古泉負けー、100円!」 古「本当にあなたには敵いませんね。実は僕が弱いのではなくあなたが強いのではないですか?」 み「お茶ですよ~。ジャスミンティーでーす」 長「ありがとう」 キ「長門、お前も随分素直になったよな」 長「もうわたしは自分を恐れない」 古「それは喜ぶべき事態でしょうね。SOS団の絆は深まるばかりです」 み「長門さん、クリスマスの予定はありますかぁ?」 長「まだ決まっていない」 キ「じゃぁ今年も四人でクリパすっか」 古「いいですね。今年は国木田君や谷口君、鶴屋さんや部長氏、 多丸さん兄弟に新川さん森さんも呼んで派手にいきましょう」 キ「会長とか喜緑さんも巻き込んじまえ。この際だ」 み「わ~。楽しくなりそうですね!」 長「あなたの妹も忘れちゃいけない」 キ「おっと灯台元暗しだな。折角だし阪中とか中河とかも呼ぶか」 古「舞台の準備は僕におまかせください」 キ「期待してるぜ」 み「あれ、そういえば誰か忘れてませんか?」 キ「ん、誰だっけ、そういや2年前くらいまで5人だった記憶がないでもないな」 長「気のせい」 キ「そうか」 古「ですよね」 み「記憶違いでしたー、えへ」 キョン「ハルヒ好きだ付き合ってくれ」 ハルヒ「ほんと?あたしもよモチロン付き合うわ」 ガバッ(キョンがハルヒを抱きしめた) キョン「うわ!ハルヒ生臭!さんま!?」 ハルヒ「……」 ハルヒ「みくるちゃん!脱がせてあげるわ!」 みくる「わぁーやめてくだしぃー……うわ臭!くっさ!たらこ!」 ハルヒ「転校生が着たわよ!」 古泉「古泉一樹です」 ハルヒ「紹介するわ、あたしが団長の涼宮ハルヒ。こっちが団員1と2と3よ」 古泉「……なんだかここはアソコと同じにおいがします…」 ハルヒ「え?」 古泉「こいつか!団長くさ!くっさ!腐っただいず!」 ハルヒ「…………納豆?」 キョン「キメェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 ハルヒ「にょろーん(´・ω・`)」 ハルヒいじめ みくる「巨乳でも貧乳でもない凡乳乙wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」 長門「乙wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」 ハルヒ「……」 キョン「よりによって大晦日に全員呼び出しやがって、何の用だ?」 ハルヒ「SOS団の忘年会しましょう!」 みくる「あうう、私は鶴屋しゃん家にお呼ばりぇしてして…」 古泉「すみません、僕も知り合いの人達(機関)との忘年会がありまして」 長門「私は彼の家に呼ばれている」ギュッ キョン「おっと見せ付けるなよ有希りんwじゃあな、皆都合悪いので駄目って事で」スタスタスタ ハルヒ「そんなあ……」グスン 山根「良かったら……家に来るかい?」 ハルヒ「しねっ!」 キョン「おいハルヒ、お年玉やるぞ」 ハルヒ「何で体育館?なんでキョンは二階から話しかけてるの?」 キョン「ほーらお年だ、まッ!」ビシュッ ハルヒ「痛い!これバスケットボールじゃ(ry」 みくる「えーいお年玉でしゅ!」ポイッ ハルヒ「痛っ!えっみくるちゃ」 古泉「ふんもっふお年玉ですよー!」バシュッ ハルヒ「痛い痛い!」 長門「全力でお年玉」ズビシバキッ ハルヒ「有希まで、もういいから!皆止めてよ!」 キョン「うるせえ!ありがたく受け取っとけ!」ドガドガドガ みくる「これは楽しいでしゅ」ドガドガドガ 長門「古泉一樹の能力を少しだけ使える様にした」ドガドガドガ 古泉「これはイイお年玉ですよ、涼宮さん♪」ドガドガドガ ハルヒ「ひいぃ……///」 キョン「なぁ、ハルヒ。こんな話を聞いたことあるか?」 ハルヒ「いきなり何よ。どんな話?」」 キョン「旧校舎の一室に出る幽霊の話だ」 ハルヒ「え? 何々、何よそれ。初耳よ!」 キョン「何だ。お前が知らなんて」 ハルヒ「いいから早く教えなさいよ、何処に出るの!?」 キョン「ここだよ。文芸部室」 ハルヒ「何ですってっ!? 本当に!?」 キョン「あぁ。本当だ。……ほら、もう校舎には誰も居ないはずなのに、足音が……」 ハルヒ「……聞こえる、わね」 キョン「ほら、来たぞ」 ハルヒ「待ってましたぁ!」 用務員「……こら、お前!」 ハルヒ「って、何よ。用務員のおっさんじゃない」 用務員「いったい何をしているんだ、下校しないで」 ハルヒ「何って、部活よ。見て分からないの?」 用務員「……は?」 ハルヒ「……?」 用務員「こんな廃墟みたいな部屋で、明かりもつけずに一人で部活……だって?」 ハルヒ「………………………………」 私はいじめを受けている。残酷で酷いものを・・・ キョンと私は付き合っている。いじめを食止めようと必死だ 古泉君もみくるちゃんも有希も、私のいじめを止めようと必死だ。 嬉しかった。私にここまで親身になってくれる人がいたなんて でもいじめはエスカレートした。SOS団全員がいじめられている。 皆で部室に集まる。鍵を閉める。ここだけが安息した空間だ 「みんな御免ね・・・・・・」 私は謝る。当然だ、私のせいで皆もこんなことになっているんだ 「大丈夫だハルヒ!俺たち5人は友達だろ」 「そうですよぉ私たちも同じ痛みを知っていますから」 「大丈夫・・・気にしていない」 「僕も同じです。いつか元に戻りますよ」 私は涙がでた。とまらなかった。キョンや古泉君はボロボロだ 有希は制服にまで落書きされていてみくるちゃんは顔が腫れている。 こんな状況でも私を見捨てないてくれる人が居てくれるのは嬉しかった。 ありがとう皆・・・本当にありがとう・・・でも・・・ ・・・一週間後古泉君が死んだらしい。原因は事故死、 バイクで丹念に体を潰されて、死因はショック死になっている その通知を知った時、私は涙が流れた。御免ね古泉君・・・ そしてまた安息の場所にみんなで集まる。みんなの表情が暗い。 「御免ね・・・古泉君・・・御免ね・・・・・・」 そう言いながら私は泣く。しだいに声が大きくなっていく。 みんなは私のせいじゃないといってくれる。すごく嬉しい。 悪いのはいじめているほう。有希がそう言ってくれる。本当に嬉しい。 でもいじめは私の問題なのよ・・・それなのに・・・ キョンが抱きしめてキスをしてくれた。すこし血の味がした 私はまた泣いた。悲しさと嬉しさ。冷たい涙と暖かい涙の両方だ。 そして今日は有希の家にみんなで泊まった。 このまま時間がとまればいいと思った。でも学校に行かないといけない。 一週間後、みくるちゃんが自殺した・・・・・・ 私はまた泣いた。御免ね御免ね御免ね。 部室に行く。私は思いっきりみくるちゃんの衣装を千切る カッターでズタズタにする。そこにキョンが駆けつけた。 私のことを抱きしめて「お前のせいじゃないんだ」と言ってくれた。 私たちは一線を越えた、それも部室で・・・ キョンも、もう抱いてやることができないかもしれないから・・・ といって本番をはじめた。その時私はずっと泣いていた。 本当に御免なさい朝比奈みくる先輩・・・・・ 終わった後、私たちは有希の家に行く。嫌な予感がした ドアの鍵が閉まっていない。中を開くと血の臭いがした 有希は体中バラバラにされて居間に転がっていた。 声が出ない。自然に顔色が青くなる。体も小刻みに震える。 声も上げないまま私はその場に倒れた。御免ね・・・有希・・・・・・ 有希の首から上を抱きかかえる。私は声を上げて泣いた。 キョンも声を上げて泣いた。もう限界だ・・・そう思った 私たちは今、学校の屋上に居る。 手を強く握り合いながら。この日を心に決めた昨日 私たちは肉体を求め合い、寝るのも惜しんで繋がっていた。 キョン・・・初めてSOS団を作ったときもこんないい天気だったね。 「そうだな・・・」 キョンが弱弱しい声で答える。 私たちはもう一度手を握り締めあい、そしてキスした。 飛び降りる・・・私が落ちていこうとした時彼は手を離した。 なぜ?キョン・・・一緒に楽になるんじゃなかったの? キョンは笑っている。後ろからSOS団の面々が出てくる。 私の体は下に落ちていく。SOS団の面々は全員が笑っている。 ハハハハハハハ。私も笑いたくなってくる。 いつも通りだ・・・いつも通り私は嫌われている。いつもd・・・・・・・・・グシャ キョン「マリカ(DS)やろうぜ!!!!!」 キョン「あああああ!!落下したああああ!・・・もう、俺の負けだ・・・あ、ハルヒが・・・」 谷口「ハハハッ、やっとキョンに勝てたぜ!練習した甲斐があった!・・・あ、ハルヒが・・・」 古泉「キノコを使うタイミングを誤った!くー、勝てませんね・・・あ、ハルヒが・・・」 ハルヒ「ふふふっ、勝ったわ!やっぱり所詮キョンね!私に勝てるわけないのよ! この調子で逆転するわよっ!私にひれ伏しなさいッ!」 長門「・・・練習しても駄目だった・・・(あ、ハルヒが)」 キョン「まぁまぁ、最下位じゃないんだしさ。上位には食い込めてるだろ?次のレースを頑張れよ、 次を!」 長門「・・・ありがと」 ハルヒ「(!・・・これはキョンに優しくしてもらうチャンス!落下!)キョ、キョン・・・私も落下しちゃった・・・せっかく勝てそうだったのに」 キョン「いや今のはどう見ても不自然だろ・・・あ、素で落下しても慰める気は無いぞ。寧ろ笑う。」 長門「・・・ププッ」 谷口「・・・ハルヒ、お前、ウザいわ・・・」 古泉「好きでもない人のキノコ食いたいですか?食いたくなかったらその態度を改めてください」 ハルヒ「・・・ぐすっ」 キョン「スマブラXやろうぜ!!!!!まずはチーム戦な!」 キョン「ゼルダで」 谷口「なんだと・・・お前、ゼルダ使いだったのか・・・俺はリンクで」 キョン「ゼルダの伝説キャラktkr」 谷口「・・・」 長門「・・・オリマー」 キョン「!!!」 ハルヒ「私は・・・そうね、今日はピカチュウにするわ」 キョン「今日は・・・?お前、使い手は?」 ハルヒ「使い手?何それ?何、ずっと同じキャラ使ってて楽しいの?飽きない?バカじゃないの?」 ハルヒを除く一同「・・・」 キョン「なあ、ハルヒって初心者なんじゃね?」 谷口「使い手がいないからって初心者呼ばわりはどうかと」 長門「・・・あの台詞は私達に対する挑戦」 キョン「・・・じゃあ俺&谷口&長門VSハルヒで・・・」 ハルヒ「ちょっとー?何3人でコソコソ話てるのよ?」 キョン「いや、何でもない。ステージは?」 ハルヒ「・・・アイテムたっぷりで、滝のぼりよ!」 ハルヒを除く一同(・・・うわぁ・・・面倒くさいステージ・・・) キョン「はいはい・・・じゃあさっさと始めるぞ」 ハルヒ「え?ちょ、ちょっと・・・何で私だけ仲間外れなの?ねえ、なんでキョン達が組んで・・・」 キョン「いやー、ハルヒは強いからな!俺達3人がかりじゃないと勝てないぜ!」 ハルヒ「ふ、ふん!かかってきなさい!蹴散らしてあげる!」 ドガッ ピョーン キラキラキラリン・・・ シュシュシュッ カチャッ ピーkドウリャー! ハルヒ「・・・な、何であんたたちそんな上手いのよ!?ヒドいわ!」 キョン「かかってこいって言ったのはお前だろ」 ハルヒ「い、いやそうだけど・・・」 キョン「言い訳無用ッ!」ドゴォーン ハルヒ「あっ、あぁー・・・・」 キョン「次はタイム制だ!」 ハルヒ「・・・許さないわ・・・本気で行くわよ!ドンキーよ!」 キョン「ゼルダたんんんん」 谷口「リーンーク!リーンーク!」 長門「ひっこぬか~れて~♪たたかぁ~ってぇ~♪」 ハルヒ「食らえ!ドンキーの最強パンチを・・・え?」 キョン「残念だ・・・お前は緊急回避を使いこなせていない・・・」 谷口「その技は侮れないからな、先に潰す」 長門「紫投げ」 ハルヒ「ドラグーンゲットよ!これで勝てる!食らえ・・・?」 キョン「ヒント:緊急回避」 谷口「ドラグーンは避けるの簡単だからむしろ隙なんじゃね?」 ハルヒ「スターゲット!キョン!待ちなさい!逃げても無駄よー!」 キョン「スター状態のドンキーに追いかけられて待てと言われて止まるヤツはいないだろ」 長門「・・・」ガシッ ハルヒ「!ちょ、ちょっと!離しなさい!な、投げ!?あ、そっちは・・・うわーっ!」 ドチュゥーン・・・ ハルヒ「・・・ぐすっ」
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涼宮ハルヒの遡及Ⅵ 「ちょっとキョン! 何がどうなったのよ!?」 「んなこと俺が知るか! と言うかこの状況を何とかしないと冷静に考えられるわけないだろ!」 などと大声で叫び合う俺たちの周囲は、巨大なバッタの大群に囲まれてしまっていて逃げ道もねえ! しかし、こいつらの俺たちの見る目は食料としてではない。まあそれは当然だな。バッタは草食だ。肉には興味がないはずだ。 もっとも、だからと言って俺たちのことを見逃してくれるような気は毛頭無さそうで、明らかにその複眼は敵意で満ちている。 「どうやって切り抜けるのよ……?」 「俺も教えてほしいくらいだ……」 くそ……古泉たちはどこに行っちまいやがったんだ……? 妙な緊張感が場を支配する。ただし、少しでも動きを見せようものなら、あっという間にその沈黙は破られ、これだけの巨体でしかもバッタの習性が失われていないとするならば、間違いなくその脚力の餌食になることだろう。この大きさが相手であれば人間の方が虫けらでしかない。 もちろん、この数が相手じゃさっきの俺の妙な力は使えんぞ。どうすりゃいい? が、 「バーストクラッシュ!」 んな!? いきなり、あたかも天から聞こえてきたかのような咆哮に俺たちを取り囲んでいたバッタたちが周辺ごとド派手に爆発して砕け散っていく! しかも一体一体なんかじゃない! まとめて吹き飛んだんだ! い、いったい何が…… 「キョン見て!」 驚嘆に叫ぶや否や、ハルヒが無理矢理俺を上に向かせる。 そこには……って、え!? 俺も驚愕に目を見張った。 なぜなら俺たちの頭上に一人、人がいたからだ。 「まったく……今度はいきなり場面が転換したし……」 むろん、それはこの場に登場してくれることに越したことがない人物。と言うか居てくれたことがありがたい。 そしてハルヒも昼間とはやや恰好が違っていようと本来の彼女の姿を知っている。 「さくらさん!」 ハルヒが歓喜の声を上げた。 どうやらアクリルさんだけがハルヒの力の影響下からは外れているらしい。 この辺りはこの人が異世界人で助かった。ハルヒの手の中にある世界とは別の世界から来ているだけあって例外なのだろう。 なんせ『場面が変わった』って言ったからな。 でなけりゃ今頃、俺たちはどうなってたか……考えるだけでも寒気が走っちまう。 あー……てことは動いたのは俺たちじゃなくて長門、古泉、朝比奈さんの方か。 てことは三人はあの場所ごと、別のところに飛ばされたってことだよな。 「で、原因は何なの? 解ったんでしょ?」 「え、ええ……まあ……」 アクリルさんの問いに俺はなんとも困った表情で言い淀むしかなかった。 もっとも、今回の相手がアクリルさんで良かったと思うのはこういうときなんだよ。 ハルヒが目の前にいても堂々と話ができるというか…… ――聞こえる? 今、念波で繋いだから。これならキョンくんも心で思うだけであたしと会話できるわよ―― という訳だ。さすがは魔法使い。テレパシーもお手の物ってことだ。 ――……手短に話してくんない? 思ったことはダダ漏れになってるから―― は、はい! 実はですね、かくかくしかじかで…… ――なるほどね。解ったわ。それじゃあとにかく他の三人と合流するのが先決ね―― って、んなことできるんですか!? ――もちろん。あのナガトって子が言ってたでしょ。あたしからあの子の『存在形態パターンの残留痕跡を感じる』って。つまり、あの子の匂いをあたしが辿ればいいのよ。あと、あたしがこっちの世界に来れたのもこれが理由―― と言うと? ――あたしは向こうの世界でキョンくんを一度おんぶしてる。その時にあなたから移った匂い=存在形態パターンの残留痕跡があたしに残っていた。その匂いを辿ってこっちの世界にテレポートしたってことよ。んで蒼葉が来なかった理由もこれ。蒼葉とキョンくんには一度も接触がなかったからあたしじゃないと来れなかったってことね―― そ、そうですか……もうほんと何でもアリだな…… ――くすっ、前も言ったけど『本当に』何でもアリって訳じゃないからね。あたしにだってできることとできないことがあるわよ。たとえば死んだ者を生き返らせることはできないし、生命体じゃないものの再構成はできない。あと、前みたいにあたしたちだけじゃキョンくんを元の世界に戻すことができない、とか。案外、できないことの方が多いかもね―― あ……云われてみれば確かに…… 「ちょっとキョン!」 とと、なんだハルヒか。どうした? いきなり割ってきて。 「はぁ? 割ってきたって何よ? 別にあんたとさくらさん、話してなかったじゃない。あたしが声をかけたのはあんたがさくらさんの質問に答えずに黙り込んだからよ」 あ――! 確かにそうだ。俺はずっと考え込むように下を向いていたし、俺とアクリルさんは目を合わせてもいない。なのに『割ってきた』という表現は確かに間違いだ。 「えっと、だな……ハルヒ、それは何と言うか……」 俺は答えに窮した。まさか素直に、 「今、あたしとキョンくんはテレパシーで会話してたから、って、だけ」 と言う訳にもいかんし……って、さくらさん!? 「ん? 別にいいんじゃない? だってハルヒさんもあたしが魔法使うってこと知ってるんだし、伏せる意味なんてないじゃない」 い、いやまあ……確かにそうなんですけど何と言うか…… 「テレパシーですって!? さくらさん! それ、魔法を使えなくても、前に蒼葉さんから貰ったあの石が無くても交信可能なの!?」 ほらやっぱりな。ハルヒが目を爛々と輝かせるのは目に見えていたさ。だから、それをハルヒが『常識』として認知するのがはっきり言って怖いんだが…… って、おい! 俺は無視かよ!? などと心の中でツッコミを入れる俺の眼前では、ハルヒとアクリルさんが何やら俺には聞こえない会話を交わしている。 ハルヒの奴、実にいい笑顔だな―― って、何を感慨に浸っている俺! 「キョン! あんただけ何、こんな面白いことを独り占めしようとしてんのよ! こういうことはみんなで分かち合うもんよ!」 あーハルヒの奴、本当に嬉しそうだな。光が弾けて大爆発してもまだ後から後から湧いてきそうなはちきれんばかりの笑顔だ。 「分かった分かった。じゃあ、さくらさんがお前にも言ったと思うが、これから長門、古泉、朝比奈さんと合流しようぜ」 「へ? どうやって?」 言ってなかったんですか!? さくらさん! 「言ってないわよ。だって、さっきのテレパシーは『キョンくんとこうやって話してたの』くらいの説明しかしてないし。あっそうそう、もう一つ、『これも魔法使いかそういった能力者じゃないとできない』って付け加えておいたから」 「何よキョン。ひょっとしてまだあたしに隠していることがあるの?」 いやぁ別に何も隠していませんよハルヒさん。ですから、そのにんまりした悪企み視線をぶつけないでください。 結構、心臓に悪いんで。 って! 「えっ!?」 俺とハルヒが驚嘆の声を上げたのは当然だ。なんたって―― 「説明の必要はないわよ。論より証拠。ハルヒさん、キョンくんの手をしっかり握って。あたしはあなたの手をしっかり握るから。絶対に離しちゃ駄目よ。離してしまうと今度は三人バラバラになる可能性があるんだから」 そう、アクリルさんがにこやかに告げると同時に、彼女を中心に、いきなり光が俺たちの周りに駆け廻り、円を作ったんだ。 しかも勢いを加速させながら回転し続けているし、その振動が地面を伝わって俺たちの全身を包み込んでいる。 こ、この現象は……!? 「何? 何なの?」 ハルヒが珍しく狼狽している。まあ仕方がない。いきなりこんな超常現象が起これば、たとえ、普段から望んでいたとしても、いざ、現実になれば誰だって驚くに決まっている。 「空間移動魔法よ。ナガトさんの匂いを辿って、そっちに行くから。さ、早くキョンくんの手を握って」 「は、はい!」 言って、ハルヒは俺の手を強く握る。 「ほらキョン! あんたもしっかり握りなさい! 離すんじゃないわよ!」 「お、おう!」 なんたってアクリルさんが結構物騒なことを言ったからな。もし、アクリルさんが、いや、アクリルさんだけじゃない、長門、古泉、朝比奈さんとだって逸れてしまうのは絶対にまずいだろう。なんせ俺が有している力は集団でかかってこられると何の役にも立たんからな。 くそ、ハルヒは俺になんて中途半端な力を付けやがる。 「じゃあ行くわよ!」 アクリルさんが吼えると同時に光度と円を駆けるスピードの勢いが増す! そしてその高度が光の柱となって俺たちの周りに立ち上ったんだ! そのまま左手人差し指を天に向け、 「テレポテーション!」 アクリルさんが声を上げた刹那、俺はなんだか目の前が光に包まれ、体が光に溶け込むような錯覚を感じた。 ……さて、俺たちは首尾よく長門、古泉、朝比奈さんと合流できたわけだが…… 「キョ、キョンくぅん……!」 「なっ!?」 いきなり、朝比奈さんが泣きながら抱きついてきたのである。 あ、朝比奈さん……周りを見ましょうね周りを…… などと苦笑を受けべて心の中で思ってみても、もちろんどうにもならないのである。どうにもならないのだが…… 「ギンプロデクション!」 俺たちの周囲を空間ごと震わす大爆撃音! もっともそれはアクリルさんが創り出した透明感あふれる淡い光のドーム型障壁によって俺たちにはまったく被害は及ばない! まあ、この爆撃のおかげでハルヒ火山の噴火からは免れたことだけは確かだな。 ささ、今のうちですよ、朝比奈さん。名残惜しいのは俺も同じですが、離れましょう。 「そ、そうですね……」 小声で呟き二人は離れる。 そんな俺たちを見ることすら、ハルヒが忘れてしまうことが眼前で起こっているのである。 「何あれ?」 多少のシリアス感はあるものの、どちらかと言えばあまり緊張感を感じられないアクリルさんが問いかけたのはハルヒに、だ。 その視線は、長門がスターリングインフェルノを振るいながら、古泉が赤いエネルギー球をぶつけながら攻撃している、ティラノザウルスとプテラノドンを足して、凶悪にぬめり輝く牙を存分に見せつける体長10mほどの見るからに堅そうな漆黒の鱗に包まれた……そうだな、こう表現するしかないだろう。 『空飛ぶ怪獣』を数匹捉えているのである。それも上空には大軍でいるように見えるのだが…… 「あ、えと……あたしが今作ってるストーリーに出てくる敵キャラ……」 「ふうん。なるほど、センスは悪くないわね。確かに凶悪で強そうよ」 「そ、そうかな?」 アクリルさんが笑顔で感想を述べられて、ハルヒがまんざらでもない表情を浮かべている。 って、そんな場合か? などと心中でツッコミを入れる俺も実はあまり危機感を感じていない。 「で、あんなのがあとどれだけいるの?」 アクリルさんが悠然と問いかける。 「ううん……一応、ミクル、イツキ、ユキに一人当たり十匹から二十匹は担当してもらってその上に君臨するボスキャラを三人で協力して倒してもらうつもりだから合わせて五十匹プラス一、ここに見えてる分と他には一匹ってところです」 「了解」 頷いて、アクリルさんが戦場へと歩み出る。 おや? この結界術が消えない? 「ねね、ひょっとしてさくらさんが戦うの?」 まあそうだろうな。でなきゃ俺たちをここに残す訳がない。しかも俺たちはあの人の結界術に守られている。完全に観客に徹していられるぞ。 「うん! これはいいわね! ミクルが負傷して戦線離脱! ピンチに陥ったイツキとユキの援軍として異世界からキョンから事情を聴いた援軍が訪れる! もう急展開ってやつよ!」 「え? ということはあたし、危ないことしなくていいんですかぁ?」 あのー朝比奈さん? あなたは主人公のはずなのですが? なのにその晴れやかな笑顔はどうかと。 というか、何の伏線もなしにストーリーの中の『俺』が異世界人と知り合うのもなんだかなぁ。 「理由付なんて後から何とでもなるわよ! だいたい少年誌だと売れている漫画家になればなるほど、伏線を無視したり、無かったことにしたりして行き当たりばったりでストーリーを作っていることが多いんだから!」 いや、それは多分に偏見が混ざっていると思うぞ。何よりお前が一番伏線無視して行き当たりばったりだろ。 しかしまあ朝比奈さんが傷つく姿は見たくありませんからミクルの戦線離脱はある意味、理想の展開だろうか。 もちろん、長門や古泉のことも心配だが、あの二人は勇猛果敢に立ち向かう役割の方が似合っている気がするのでこの際、頑張ってもらうでよしとしよう。 すまん、長門、古泉。 もっとも、それはアクリルさんがいるから思えることなんだ。 なんて思ってる間に、アクリルさんが地を蹴って、宙を駆けるように舞う! 「スターダストエクスプロージョン!」 と、同時にあの、銀河を駆ける数多の流星を彷彿とさせる広範囲粉砕魔法を発動させる! さすがに体長十メートルだけあって、全て吹っ飛ぶという訳にはいかんが、そうだな、十匹は吹っ飛んだ! で、いったん、着地して、古泉と長門の前に立つ。 「これはこれは」 「頼もしい助っ人」 古泉は会心の笑顔で、長門はいつも通りの至極冷静な表情で呟いたのではなかろうか。後ろ姿だから確認はできんがそれくらいの確信を持てる声色だったしな。 「さぁて、一気に片付けるわよ!」 再び、上空の怪獣を睨みつける古泉、長門、アクリルさん。 おそらく三人には勝利を確信した笑顔が浮かんでいるはずである。 「セカンドレイド!」 怪獣の口から撃ってくる妙に赤紫の炎を全身で纏った赤いエネルギー球をバリアにして宙を舞いながら流れるように接近しつつ、勢いに頭髪を風圧になびかせる古泉が懐に飛び込んで放ったエネルギー球が一匹の翼竜を粉砕すれば、 「……」 三匹ほどの翼竜に、これまた宙に浮き、見事な誘導を仕掛ける避け方でわざと囲まれた長門がスターリングインフェルノを新体操選手のリボンよろしく、どこか見惚れてしまう手さばきで振りかざす。 刹那、翼竜たちが漆黒の闇に喰われて消滅する。 で、もう一人、 「アルゲイルフォルス!」 アクリルさんが開放した、あたかもマグマのような業火の孔雀がまた一匹、翼竜を飲み込んでいるんだ。 もちろん、翼竜たちが攻撃していない訳じゃない。 しかし、この三人の動きに対応するにはその巨体が邪魔しているのだろうか、捉えることができないんだ。それにしても古泉と長門の攻撃力が上がっているような気がする。なんたってアクリルさんが戦線に加わるまでの攻撃では翼竜一匹すら三人がかりでかかって行かないと倒せなかったんだからな。それがいきなり一人一匹は確実に素早く一撃で倒せている。これもアクリルさんが何かしたのだろうか。三人の前では五十匹という数がそんなに多くないように見えなくもない。 まあ、もっとも、 「ひぇぇぇぇぇぇぇ!」 「うぐ……」「ん……」 朝比奈さんが頭を抱え込んでしゃがみ込み、俺は右手を、ハルヒは両手を目の前にかざしてしまうほどの対峙の余波が俺たちを襲ってくるんだがな。 アクリルさんの結界術の中にいるから、ダメージはまったくないが、踏ん張らなきゃならんほどの多少、強めの風圧は来るし、地響きを引き起こすほどの振動もある。周囲がどうなってるかは瞳に飛び込んでくるわけだから言わずもがなってやつだ。 ……こんな凄い状況下に、あいつらはいるのか……? 戦慄を覚えずにはいられん。 「ねえキョン」 「何だ?」 「とんでもないわね、この臨場感」 「まあそうだな。なんたって夢でも幻でもない。今、現実に目の前で起こっているわけだからな。おっと心配するな。確かにお前がこの世界を創り出したが、今回は別の異世界を存亡の危機に立たせている訳じゃないらしい。さくらさんがそう言ってた」 古泉からはこの世界は広がらないと聞いているし、表現はされてなかったが、俺はアクリルさんからそう聞かされていた。 そんな俺の言葉に、どこか安心したのか、ハルヒが笑顔を浮かべて聞いてくる。 「この凄さをあたしに表現できると思う?」 なんか場違いな会話だが、ま、それはそれだけ俺たちがあの三人を、いや、正確にはアクリルさんを信じてるってことだ。俺たちを守ってくれているのは勿論、古泉、長門を決して危ない目に合わせないってな。その確信を持つことができる表情をあの人はしていた。 「お前ならできるさ。いや、これ以上のとてつもないものを表現できると思うぜ」 「ふふっ、ありがとうキョン。そう言ってもらえると嬉しいわ。ますます創作意欲が湧いてくるってもんよ」 それはいいが、頼むから今後は紙の上だけにしてくれよ。今度、俺たちが巻き込まれた時は助っ人がいるとは限らんからな。 勝ち気いっぱいの笑顔を浮かべるハルヒに苦笑を浮かべる俺。 「どうやらボスのお出ましのようですよ」 ん? 古泉がすぐそばに立ってやがる。よく見ればその反対側には長門も。もちろん結界の外ではあるんだがな。 もちろん、アクリルさんは俺たちの正面だ。 てことは、あの五十匹は片付いたってことか!? すげえ! 「さくらさんのおかげですよ。本当に助かりました。あれだけの数を一人で三分の二は倒してしまったのですからね」 だろうな。あの人のとんでもない強さは俺も向こうの世界で目の当たりにした。 なんせ攻撃属性の水中生物相手に水中で、それも百匹以上を一人で俺ともう一人を守りながら殲滅させてたし、怪獣付野盗の巣窟を秒殺した御方だ。 しかも、お前の云う《神人》をたった一人で数えきれないほどの数を吹っ飛ばした蒼葉さんよりも戦闘力があるってことらしいからな。ひょっとしたら今回の翼竜数程度じゃ数の内に入っていないのかもしれん。 「……今の話は初めて聞きましたよ? あの《神人》を……たった一人で滅ぼせる方がおられたのですか……?」 古泉が愕然たる表情を浮かべているが、 「すまん……だが、この話は勘弁してくれ……重い出来事を思い出してしまう……もっとも、それは背負っていかなきゃならんことなんだがな……」 「だよね……」 俺とハルヒは沈痛の表情を浮かべて俯くしかできない。そんな俺たちの様子に、古泉はさらに何かを聞こうとしていたみたいだが、俺たちの心中を察してくれて、それ以上は聞いてこなかった。 ちなみにハルヒはあの世界の青白い巨人のことを知っているので傍にいようが、古泉とこの話をしていようが問題にならん。名前については古泉が話したしな。 代わりに視線を再び前方へと向ける。 見れば、大地を揺るがせながら何か山みたいなものが地平線の彼方からのように近づいてきつつあったのである。 涼宮ハルヒの遡及Ⅶ